「変態映画」ポゼッサー Minaさんの映画レビュー(感想・評価)
変態映画
まさにこの親あってこの子。時代が違えば評価も違うのは当然だが、血の繋がった者同士突き詰めるものには似た物がある様だ。父であるデヴィッド・クローネンバーグは70~80年代におけるスプラッタホラー全盛期の真っ只中を突き進みつつ、残虐描写の中に独自の美的センスを放り込み、芸術的ともとれる残虐描写を完成させた変態であった。だがそれも過去の話。ガソリンをバンバン使うスポーツカーが流行したのが今や電気自動車が闊歩する時代になった様に映画業界も目まぐるしく進んでいるのである。正直本作がこの時代の一般社会に受け入れられるとは到底思えない。こんな作品を撮る人はぶっ飛んだ人間に決まっている。だが、こういう作品は無くしてはいけないだろう。ビジネスにおける映画業界は右向け右になる物だが、時代に逆らうかの様に放たれる本作の様な作品は映画ファンの心にグサリと刺さるはずである。
アンドレア・ライズブローが不細工メイクで挑む役は、人の脳に侵入して対象の人物を殺すという、いわゆる殺し屋である。分かりやすい例えだとクリストファー・ノーラン監督の「インセプション」だろうか。冒頭で細い針を脳天に突き刺す所をアップで映す極めて悪趣味な展開からパーティ会場でお偉いさんの喉にナイフを突き立てる衝撃的なシーンの連続だが、それを操る側は至って静かな物であり、そのギャップがこれまた不気味である。次の標的に移ったタイミングでトラブルが発生するのだが、操られる側のしている仕事が意味不明過ぎていたり、ワールド全開のフルスロットルで畳み掛けてくる。その辺を深く考えてはいけないのだろうが、鑑賞後に良い意味でも悪い意味でも強く印象に残る事間違い無しである。本作も時代が数十年前ならばファンが絶えることの無い名作として語り継がれていたかも知れない。個人的には映画好きだけで語り合いたい映画ナンバーワンの作品だ。