「静かなる爆発」凱歌 Imperatorさんの映画レビュー(感想・評価)
静かなる爆発
「優生保護法」や「無らい県運動」に基づく「断種」政策によって、ハンセン病患者が生物学上の血族を持てなかったことに対する苦しみが、作品のメインテーマである。
映像は「多磨全生園」の山内さん夫妻と、中村さんの3人に密着する。メインキャストは、山内きみ江さん。
結婚できるのなら、「断種」さえもいとわなかった夫・定さん。そして「断種」した夫を見て、悲しんだきみ江さん。
ドキュメンタリーとしては、やや残念な作品と言わざるをえない。
2020年にこの問題を語るのであれば、少し視野を広げるべきではなかったか。
一昨日のNHKでも、「旧優生保護法のもとで不妊手術を強制された人が国を訴えた裁判」のニュースがあった(判決は、”憲法違反だが、賠償請求権は認めない”)。
患者の心の支えとなっているという“信仰”についても、ほぼ何も語られない。
また、ハンセン病に係わる歴史は、ほぼキャストの証言で語らせるのみである。もちろんその分、リアリティをもって伝わってくる。
しかし観客は、自分も含めて素人が多いであろうし、中には小泉政権の控訴断念すら知らない人もいるかもしれない。
時系列を整理してインタビューを編集し、コメンタリーを挿入すれば、もう少しこの悲劇的な歴史が浮彫になったのではないか。
国の内外を問わず、映像芸術性を追い求めて、客観性を置き去りにする作品が多い。しかし、ドキュメンタリーはもっと“密着性”と“俯瞰的なアプローチ”を、車の両輪として走らせるべきではないだろうか。
しかしながら、日本社会事業大学に招かれた時の映像を含めて、映画の後半におけるきみ江さんの語りは衝撃的なものがある。
「死ぬはずだった夫が生き残って再婚できなかった」と冗談を言うシーンもあるが、「治ったら良かったと思うか」と聞かれて、「ハンセン病は与えられた運命だった」、「自分を見て、健常者は五体満足に感謝の気持ちをもって欲しい」という旨の答えには、自分はびっくり仰天してしまった。
詳しくは、この映画を観て欲しい。
「凱歌」というタイトルは、どこからきたのだろう?
2009年から10年間の映像記録とのことだが、自分の聞き間違えでなければ、本作は監督が制作を依頼されたのが端緒だという。
ちらしの写真は、ラストシーンである。美しい桜に囲まれて、“80代半ばまで生き抜いたぞ!”という、「凱歌」を上げているのであろうか。
きみ江さんは患者の中でも特殊かもしれないが、映画後半にきみ江さんのキャラクターが静かに爆発する本作は、間違いなく一見に値する。