トゥルーノースのレビュー・感想・評価
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使い古されたプロパガンダ!!
終盤で少し盛り上がるものの、使い古されたプロパガンダという感じで、目新しい情報や戦争映画の様な重みは無いです。何十年も同じ設定で続けるのは流石に苦しいと思います。日本という単語や日本製の商品、日本の唱歌が出てくるのも、わざとらしく感じます。外資系銀行が立ち並ぶ平壌の街並みの繁栄や、日本より綺麗な地下鉄を見た方が真にショックを受けると思います。
この映画を作ってくれた勇気
直視しにくい現実をよくぞアニメ化してくれた…と思う。 知ることすらしなかっただろう。 最後は綾辻行人並のどんでん返し?でもう一度最初に戻って観てしまった。
日本製作なのね
日本人拉致被害者が強制収容所で死んでいくシーンがあって、北朝鮮の描写として珍しいと思ったら日本が製作に関わってたのですね。希望ったってなーと思ったけど、もしかしてアウシュビッツが突然解放されたようにある日ここの人たちもなんとかなる日が来るのだろうか。平壌からやって来たお偉いさん方の姿実写かと思うほど正しい姿でした。それに比べて主人公たちが美しく描かれ過ぎなのはちょっと気になりましたね。
見るべき映画
知るべき事実がここにある。あまりに理不尽、非人間的な世界。管理する側が人間性を失っており、それが日常になっており、管理される側も自分や家族のために人間性を失っていく過程が恐ろしい。 あっという間の時間だった。 実写にするには過酷すぎるな世界だったので、事実を描くには十分だと思ったが、登場人物の感情、心の機微を描くにはあのアニメーションは残念だった。アニメでも十分描け得るだけに気になった。
世界に伝えても救われることがない北朝鮮
脱北者の証言をもとに作られたという北朝鮮強制収容所の過酷な環境を描いた長編アニメーション。 しかし世界に伝えても救いの手が差し伸べられることはない。 東西冷戦終結後の民族戦争、シリアの内戦、北朝鮮にアフガニスタン……思えばこの30年に限っても映画はどれだけのものを我々に伝えてきたのだろう。我々に中にどれだけのものが蓄積されたのだろう。 何もしない、何もできない偽善者の自分が何故こういった映画を観続けるのか謎だ。苦行でしかないのだが。
【“いつも美しいモノを探す気持ちを”と言い、母は息を引き取った。北朝鮮の政治犯強制収容所に家族と共に連行された少年の心の成長を通して”人は何の為に生きるのだろう”という重い命題を問いかけてくる作品。】
ー 北朝鮮の政治犯強制収容の存在について、北朝鮮は否定し続けている。だが、在日コリアン4世の清水ハン栄治監督が、執念の調査と取材をかけて10年掛けて完成させた今作を観れば、その存在を否定するのは、難しいであろう。エンドロールで流された今作の舞台になった収容所の空撮写真を見ても・・。 だが、今作は北朝鮮の蛮行を描くスタイルを取っているが、あの収容所がナチスや旧共産圏の強制収容所が舞台であっても、成り立つであろう。 監督の意図は、”そこにも”あるのではないか・・、と思った。ー ◆心に残った点<Caution! 内容に少し触れています。> ・冒頭、TEDで”家族の物語を語ります・・”と多くの人々の前に歩み出る青年が描かれる。 私は、”この青年は、今作の主人公だろう・・”と勝手に思う。 ・平壌で、平穏に過ごしていたヨハン少年一家。厳格な父は翻訳家らしい。がある日、父は”出張”に出たまま帰らず、ヨハンは父に言われた”母さんと妹のミヒはお前が守るんだぞ”と言う言葉を胸に、トラックで遠路どこかに連れて行かれる。 ー ナチスでも、旧共産圏の収容所でも同様の事が行われていたのであろう。途中、小用を我慢しきれなかったお婆さんに対する、母ユリの優しき言葉と行為。ー ・収容所での、愚かしき監視官たちの姿と、人間として扱って貰えない人々の姿の対比。 ー ”連帯責任”と言う言葉が嫌いである。 更に”虎の威を借る狐”は唾棄すべき存在であると、思う。 日本でも、一部の国家権力者に”虎の威を借る、忖度狐”が居るのは、ご承知の通りである・・。 序盤は、腸が煮えくり返る思いで鑑賞。 私の嫌いな輩、総出演だからである・・。ー ・ヨハンが、家族のために隣人の盗みを密告し、更に看守グループに気に入られている赤い腕章を付けた監視グループに入る事で特権を得て行く姿。だが、そのために夫を失った老婆に恨みを買い、母ユリが、刺されてしまう一連の流れ。 ー 弱い集団の中で、形成されるヒエラルキー。密告。知識でしかないが、第二次世界大戦中の日本もそうではなかったか・・。最も恐ろしい”誰も信じられない”暗黒の社会である。ー ・ヨハンが自らの愚かしき行為の因果で母を看取った際に、母が遺した言葉。 “いつも美しいモノを探す気持ちを・・” 彼は、ミヒと共に、弱者の側に立ち、末期の人を看取る行為を続ける。傍らには、母を処刑された際に、母ユリが引き取ったインスもいる。 ー ヨハンの母ユリの高潔な生き方に、ヨハンもミヒもインスも大切な事を学んだのである。人は、生前の尊い行為により、死しても魂魄は残るのである。ー ・ヨハンとインスは看守リーにより身籠ってしまったミヒを連れて、脱走計画を練るが・・。 ー リーの描き方も、”人間の尊厳とは何か”と言う命題の一つの答えになっていると思う。ー <TEDの満員の聴衆の前で、スピーチをしたのは、誰だったのか・・。 ヨハンの高潔な生き方を表したラストシーンも見事な作品であった。 そして、ヨハンに高潔、高邁な精神を遺したのは誰であったのか・・。 尊厳を踏みにじられても、高潔、高邁な心を忘れなかったヨハン一家の姿が印象的だった作品でもある。> <2021年8月11日 刈谷日劇にて鑑賞>
「実写ではなくアニメ」
この映画は実写では無理だと思いますが、監督がアニメで撮る事によって多くの人に見て貰いたい、そして現状を伝えたいと言う思いで作られました。 こんな過酷な現状だった何て。 しかしその中にも人の優しさ、思いやりなど光が見えました。 今日からの生き方が変わるような映画でした。
知るための映画。
まず、この作品を世に届けた製作陣、配給会社、上映会社の皆様に感謝と畏敬の念を伝えたいです。また、内情を伝えるために命をかけたであろう脱北者の方々に。 諸外国の内政状況については時々ニュースで知ることができます。内戦、虐殺、圧政、粛正などなど。けど、他国や国連がその問題があろう国を外からなんとかできるなんてことはないのですよね、残念ながら。自国に不利益を与えてる、または世界的な不利益を生んでるってことがないかぎり。 だからと言って、何もできないから知っても仕方ないとは思いませんし、思いたくないです。今は変わらないかもしれませんが、地球が続く限り何かが変わるきっかけが来るかもしれません。その時は変えなければならないことが「ある」ってことは、将来に遺していかなければならないと思います。そのために本作は存在してるんだと思います。 正直、楽しくないです。娯楽性無しです。でも、観るべき作品だと思います。日本人はなおさら。脱北者証言ベースですが、かなり確度は高いと思います。地図のあたりの説得力半端ないです。
北朝鮮の強制収容所から脱北してきた人の物語 とても信じがたい、見る...
北朝鮮の強制収容所から脱北してきた人の物語 とても信じがたい、見るに絶えない映画でした。 本当の事なら、見過ごす訳にはいかない、助けが必要だか、個人的には何も出来ない、、、 が、こんな苦難に置いて、母親は死を目前にして、 息子に「誰が、何が良い悪いじゃなく、誰になりたいかを考えなさい」 そして、娘に「美しい物を見るようにしなさい」と言って亡くなった。 この映画が伝えたい事は、そんな北朝鮮の闇だけじゃなく、私達に困難を乗り切るメッセージでもあると、思えた。
北朝鮮の不都合な真実
在日朝鮮人の帰還事業により北朝鮮に渡ったヨハンの家族は、両親と幼い妹と4人で金正日体制下の北朝鮮で暮らしていた。しかし、父親が日本帰りの過去から政治犯の疑いで逮捕されたことにより、母子は強制収容所に入れられた。収容所での苛烈な生活に耐え忍びながら、家族はなんとか生き延びていたが、ある老婆が娘の為に収容所内の食料を盗んだ事によるトラブルによってヨハンが恨まれ、ヨハンの母を殺害され、自暴自棄となったヨハンは次第に追い詰められていく。そんなヨハンは、死に際に母が遺した言葉により、本来の自分を取り戻していくという話。 話にはよく聞く北朝鮮の不都合な真実だが、アニメででも映像化されるとインパクトが有る。たった1人の最高指導者を敬う様な体制を作り、維持しようとしてる矛盾がこの作品から伝わってきた。 全世界に向け伝えるべき内容なので、英語作品とし、日本語字幕とした意図は賛同したい。 日本だけじゃなく、全世界で1人でも多くの人に観てもらいたい作品だと思った。
心揺さぶられる大傑作
本作に低評価をしている人はいないはず。 なぜなら観賞後に得られる満足度は高いから。 観るたびに、その現実にショックを受ける。 ひとつひとつのシーンにムダが無く、監督の計算された表現手法とストーリー展開に観ている者は引き込まれる。本編に描かれた世界を直視させ、現実問題と捉えるためにも、親子で一緒に観た方が良い。そして、本作を観た上での感想から、親子で考え、そこに関係した調べ物をすれば、立派な夏休み自由課題となるのでは?でも、ラストの展開は注視してご鑑賞ください。
観ること自体に価値、そしてちゃんと面白い!! みんなで観よう!!
冒頭で流れる言葉。 「人民がすべてを決定する。主体思想に導かれれば、彼らに不可能はない」 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の独立を果たした、金日成の言葉だそうだ。 そう、国名にある「民主主義」 はおそらくウソではない。当初は上の文の冒頭に示された通り、人民がすべてを決定することをめざしたのだろう。しかし、「人々が主体思想に導かれる姿になるまでは指導しよう」 という思いが、固定化し暴走した結果が現在なのだろう。人民が決める "民主主義" をめざす道は、さまざまあるということなのだろうか。 オープニングは、有名な公開スピーチ番組 「TED」。講演する若者は、北からの亡命者として、北の収容所の実情を語る。その内容が、この映画だ。 そもそも収容所とはなにか。「北の思想」 にあわない人民とその家族を収容する場所だ。「南のラジオを聞いていたことが原因で収容された隣人を、どうにかして救えないか近所の人たちと相談していた」 これが、主人公の父親が行ったことのすべて。それだけで反体制の家族とされて、家族もろとも一生強制労働し続けるだけの収容所に放り込まれる。 本作は、主人公が放り込まれた少年時代から、脱走する青年時代までを描いたもの。最低限以下の住居と食事、強制労働、そして拷問... これらの(おそらくは)事実を、命がけで脱走してきた若者が我々に伝えてくれている。 「ヨハン、自由を楽しめ。そしてここで起きていることを世界に伝えろ」 我々の役割はなにか。耳を傾けることであり、目を向けることだ。そう、誰でもできることは、この映画を観ることだ。みんなで観よう。そして考えよう。 拷問を受ける人々の言葉を記憶しよう。 「国家ってなんだ? 人民って誰だ?」 そして、お母さんの言葉をかみしめよう。 「誰が正しいかじゃないの。誰になりたいかを考えなさい。いつも美しいものを探してね」 革命で国民が政権を獲得した国では、「軌道に乗るまで、革命を実現した我々が導かねばならない」という思いが強くなるのだろうか。最初はそれでよい感じになるのだが、どの国も、長期政権となって腐敗するというか圧政に移行していく。その時点では、国民が政権を変えられる民主主義に移行していないので、けっきょく、権威主義というか専制体制の悪い面が露出する。それを変えられないという致命的な欠点が、これらの体制には内在することを、俺たちは、歴史から知っておくべきなのだろう。そしてその際の圧政は、いかに基本的人権を無視した迫害になるのかということを、この映画で目の当たりにしておくべきなのだろう。 あわせて、「基本的人権の尊重」 をあらためて考えたい。 「個」 が大切であり、「集団」 はあくまで「個」 のための機能で、「集団」 のために 「個」 が基本的人権を奪われることは、決してあってはならないことなのだから。「集団のために個が基本的人権を奪われる姿」 を見せてくれているのが、この映画なのだということを忘れないようにしよう。 日本が民主主義である価値は、国民である俺たちが、「いまの政権与党は変だ」 と感じたら、選挙で政権与党を変えることができる、ということだということを、あらためて思い出しておきたい。 おまけ 俺の誕生日は、4月15日。そう、北朝鮮では、太陽節。金日成の誕生日といっしょなのだ。「だからなんだ」 なのだが。
ペラグラ
30年以上前から北では食べるものがなくて、木の根っこまで食べているらしい、とは聞いていた。 一方で、国産の松茸は高くて手がでないので、半島産の安い松茸を買ったりしていた。 ちょっと胸が傷んだ。 大韓航空機事故。 キムヒョン匕。 拉致問題。 時は流れて、自分の腹違いの兄やナンバー2の叔父さんでもやってしまうんだから、キ○ガ○。 同じ民族なのにねぇ。 しかも、こんなに長きに渡って。 全く理解不能。 かりに、30年前に公開されていたら、ものすごいインパクトだったろう。 映画はよくできていた。 完全統制区域。 赤い腕章。民間憲兵の恐ろしさ。むごたらしさ。卑劣さ。 ペラグラを調べた。 日本から北朝鮮に帰国して日本に脱出した人によると、北朝鮮ではトウモロコシしか食べられない多くの人々がペラグラに罹患した。ナイアシンがトウモロコシには無いため、トウモロコシばかり食べていると初期症状として皮膚が剥離していき、やけどした後のように皮膚がピンク色に変化する。そして、罹患者の顔面から始まって、全身・舌がヒビわれて、胃腸障害など様々な症状が起きる。最後には精神異常を罹患者に起こす病である。症状が進行すると、疲労、不眠、無感情を経て、脳の機能不全(脳症)による錯乱、見当識の喪失、幻覚、健忘などが起こり、最悪の場合死に至る。 飢餓地獄で気がふれる。気がふれる要因はそのほかにもたくさんある。自殺する自由もない。宗教にも頼れない。気がふれた方が楽だったろう。 妹と親友の未来にかけて、自己犠牲を選んだ兄の命に二人が報いられたことだけが唯一の救い。
これは「告発」の物語。
北朝鮮。近くて遠い国。 その"政治犯強制収容所"を舞台にした作品。 これは「告発」の物語だ。 アニメーションは多彩な可能性を持つ表現手法だが、 こんな"激しい糾弾"の作品すら作れるのだ。 世界の何処かで、今日も強権によって 傷つく人たちがいる。 それを知らないのは[罪]だ。 私たちはせめて、 その罪深さくらいは自覚しておくべきなのだ。 (u_u)
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