きまじめ楽隊のぼんやり戦争のレビュー・感想・評価
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マジメなのにボンヤリな国民性を乏しい表情で哂う不条理喜劇
すでに多く指摘されているように、アキ・カウリスマキやロイ・アンダーソンなど抑制された演出と特有の間(ま)で独自の世界観を構築して社会批評をオブラートに包む北欧勢のスタイルを思い起こさせるが、池田暁監督が「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」で極めた世界はある種“コロンブスの卵”的発見と言えるのではないか。架空の時代の架空の場所という設定だが、おそらくは太平洋戦争時の日本をカリカチュアライズした状況であり、それに先述のような演出スタイルがこれほど見事にはまるとは!
外国人から見た日本人の印象は、まじめで礼儀正しいが、一方で表情に乏しいというもので、そうした海外からのイメージも巧みに利用し戯画化したように思う。戦時下の全体主義社会では大本営発表を鵜呑みにし、お上に従って個人の考えを持たない国民が模範とされたが、現代もうわべだけの民主主義の下、忖度と同調圧力が強まっていくばかりであり、本作で描かれるコミュニティーはあたかも、歪んだ鏡に映ってデフォルメされた私たちのようではないか。
キャスティングも絶妙で、とりわけ片桐はいり、嶋田久作、お笑い芸人の今野浩喜と矢部太郎ら個性的な顔立ちの面々が妖怪風のムードを醸し出し、映画の異界感に貢献している。
「きまじめ」と「ぼんやり」の違いは?
川を挟んだ2つの村が何十年にもわたって戦争を続けている。主人公も毎朝出勤札を裏返して更衣室で着替え、9時から戦闘開始、お昼はいつもの定食屋に行き、5時には戦闘終了。また着替えて帰宅する。会社勤務と同じだが、戦闘しているので怪我もする、戦死することもある。しかし、村人達はなぜ戦争を続けているのかを考えたり、疑問に思うことはない。村人の脳は石灰化していて、考えることを放棄しているし、すぐに忘却する。そして、女性差別や官僚主義が跋扈している。今と同じ空気感、、、。登場人物の台詞は平坦で感情がなく、だからこそ浮かび上がってくるものは? もう少し考えたい。
主人公は、夕暮れ時に川向こうの女性とトランペット合奏。ヨハン・シュトラウスの美しく青きドナウが本当に美しく響く。しかし、村では新兵器(核兵器?)を開発して、阿修羅の如くのテーマ曲(ジェッディン・デデン)に乗せて川向こうに発射し、その女性も被害に。それを知った主人公の哀しい独奏。そのうち、自分の村にも同じような爆弾が投下される。戦争の無意味さ。時間が経ってからじわじわくる映画。
トランペット
何故かグランドブダペストホテルを思い出した。面白そうな雰囲気を醸し出すのだが、いくら風刺と言えども、訳もなくお尻を蹴られたり、子供が出来ないと女じゃないとか見ていて嫌だなぁど思う場面が多数散見。
色々な意味、所で揶揄があるのだろうが、世の中そういうふうに出来ている。わかっちゃいるけどやめられない。
夕景をバックにトランペットはジーンした。が、後見ると演奏者が別にクレジットされていた。吹き替えだったの?それはちょっと残念。
風刺‼️❓不条理‼️❓ナンセンス‼️❓時間の無駄‼️
私には何も得るところがありませんでした。
本当に時間潰しにもなりません。
疲れました。
雑談で、戦争のふり、吉本新喜劇でしてる、ギャグの無い滑りまくる新喜劇です、トホホ。
私には理解できませんでした。
朝9時から夕方5時まで、戦争という仕事を、規則正しく
繰り返す兵隊たちの物語。セリフはほぼ棒読み、その動作は
まるでロボット。ストーリーはほとんどなく、その毎日の
繰り返しが続いていくだけというシュールな作品です。
戦争を皮肉った反戦映画なのかな、と思いましたが、
現代社会への風刺を込めた作品なのだそうです。
私の理解する力が劣っているのか、まったくそういうことは
感じませんでした。それを理解できる人には
おもしろいのかもしれませんね。
「子どもを産めないと離縁されるぞ」なんて
セリフが出てきましたが、それが現代社会??
この映画、私には、正直、退屈でした。ビデオでの鑑賞ですが、
停止ボタンを何度も押しかけました。あとちょっとだ、
と残り時間を確認しながら
なんとか最後まで見ることができましたw
映画館で、途中で席をたった人がいるんじゃないかな?
疲れましたw
日本人、日本社会への強烈な風刺と問題提起か?
この作品を鑑賞してから、既に5か月が経過しましたが、今年のナンバーワン作品になりつつあります。
最初は出演者たちの独特な演技に???という感じでしたが、話が進むにつれてニヤニヤというような感じに変わり、終盤には「これはもの凄い作品に出会ってしまったかも」という印象になり、鑑賞後には完全に打ちのめされると共に、何とも言えない空恐ろしさと、しかしながら満足度と感心する気持ちに満ち溢れながら、映画館を後にしました。
この作品で描かれている、決められたマニュアルどおりにしか行動できず、臭いものには蓋をして排除し、「なぜ?」という疑問を持たずに暮らしている人々やその人々によって成り立っている社会は、今の日本人や日本社会への強烈な風刺と問題提起ではないかと、私には思えてなりません。
今般のコロナ騒ぎでも露呈しましたが、騒ぎ当初からの自粛警察、マスク警察等の愚行は、各種の自粛要請やマスク着用推奨という、当局が決めたマニュアルどおりに行動することだけで安心し、その安心を揺るがす自分と同じ行動をしない人々や陽性になってしまった人々の存在を許せず、挙句の果てにそういう人々を排除すべく、目も当てられないよう誹謗中傷や差別や人権侵害を平然とやってのけるという、日本人や日本社会の不寛容、不道徳、不条理、未成熟、残酷さ、無思考、無疑問等は、この作品で描かれているものと、軌を一にするように思えます。
作品の最後に描かれた事象は、そういう愚を続けると、こういうことになりかねないよ、という痛烈でありながら、他方でそれに気付く事ができれば希望もあるよ、という我々へのメッセージと、私は捉えました。
かなり癖のある作品であることは間違い無いので、共感できない方々も多いでしょうが、ぜひ多くの方々に観て頂いて、そのうちの一部の方にとってだけでも、色々と考える機会になれば良いと思っています。
なお、ワクチンの完全接種率が半数を超えたようですが、やはり今度は、ワクチンを接種しない、接種できない方々へのワクチン警察、ワクチン差別が始まる兆候が見えて来ているようで、改めてこの作品の問題提起を噛み締めたいと考えています。
もうちょい
なんだろうなぁ…。
もうちょい実験的にしちゃっても良かったような…。
アニメーションとコラボしちゃうとか…。
抑揚のない喋り方や、独特の動き、
いろいろ個性的にチャレンジしているんだろうけど、
それが監督のオリジナリティに感じなかったんだよね…。
なんか、映画学校の学生でも浮かびそうな演出で。
鉛筆投げるのとかも、お米を雑に扱うのも、
一度めはクスッとなるんだけど、しつこすぎてイラっに変わっちゃったし。
どう、個性的でしょ!なドヤ感、苦手なんですよね。
ストーリーは好きですし、
ラストは、とても良かったんだけど…。
シニカルかつシビアな寓話作品です。
「彼女来来」という作品で良い俳優さんだなーって
思った前原さんが主演されているので鑑賞決定です。
好き嫌いが分かれそうな作品でした。
僕は好きっ!です。
架空の日本が舞台になっているお話です。
題名からは想像ができない内容でした。
全編通して非常にシニカルな味付けを
してる作品ですね。
そう、戦争が生活になっているなんて。
ほのぼのテイストでコントみたいな雰囲気ですが、
これが現実だったらそれはそれは恐ろしい事。
タイムカードを押しながら弾丸を打ち込むんですから。
しかし、これは戦争がなくならない世界への
痛烈な風刺なのではないでしょうか?
強烈な皮肉なのではないでしょうか?
生活の中に戦争があり、
戦っている理由もだんだんぼやけてくる。
戦争だけではありません。
人の噂で人が動く、
意味もわからず動く。
考えない民衆
組織という効率的に見える不条理な集合。
アホな権力者。
などなどへの皮肉も。
それらの変だなぁってことが本作の中では
コミカルタッチで味まろやかにして描かれてます。
そして観ていると、バカバカしいなって思います。
こいつら頭悪いなって思えるエピソード、人物が
山ほどでてきます。ですが、そのバカバカしいって思う
作品世界はまさに現代世界なんですよね、きっと。
現代をデフォルメして描いてるに過ぎないのでは
ないでしょうか?
心当たりが多すぎて情けなくなります。
ただ、一方、救いも描かれます。
儚いエピソードですが、これもまた人間の本質です。
なんとも切ないです。ラスト。
ただ本作には願いが込められていると信じたいです。
それは監督の願いであるのだと思います。
まさしくそれは反戦であると僕は思うのです。
この寓話の中で見事に訴えているのではないでしょうか?
万人受けしそうではない作品でしたが
監督は素晴らしい作品を作られたと思います。
僕は好きです。
秀作です。
ロイ・アンダーソンっぽい、不条理劇
不条理な世界観のファンタジー。なんといっても、こんな家や建物よくそろえたなあ!!とそこに感動。川の風景も魅力的で、ラッパのセッションは本当に美しいシーン。
主人公の地味な容貌も話にぴったりだと思う。
ただ、こんなロボットみたいな話し方必要だったのか?と。そこで好き嫌い分かれるんじゃないかなあ。
感情がこもらないのと、ロボットみたいな特殊な話し方というのは、また別の物だと思う(露木と藤間の会話とか、なんかちょっとあざとい)その点、片桐はいりは変な世界の変なおばちゃんなのに、ものすごくリアリティがある。嶋田久作の何でも知ってる煮物屋さんも。
しかし、世界に関心も興味もない人たちの町は怖いのに幸せそうなのが不思議だ。なにも考えずに滅びることもあらがわずに受け入れそう。一人や二人の異端者がいてもそんなもの余裕で飲み込んでしまう世界は、恐ろしい
戦争を題材にした脱力系コメディー映画
2021年映画館鑑賞44作品目
5月24日(月)一関シネプラザ
川を隔てて町と町が長いあいだ戦争状態の世界
主人公の露木は下流の河原で鉄砲撃ちをしていたが人事異動で楽隊のトランペット奏者になる話
役者の芝居が全て棒読み
喋り方がおかしい
歩き方もカクカクしていて変だ
『シャルウィーダンス?』の竹中直人の歩き方からシャープさを削ったような動き
ネットを観ると日本の役者はみんな下手クソだと主張する馬鹿がいるがきっとこの映画を観たんだろう
それ以外の邦画といったらアニメしか観ない人に違いない
面白い人が多い
石橋蓮司演じるなんでもすぐに忘れる町長
片桐はいり演じるご飯を増やしたり減らしたりする食堂屋のおばさん
きたろう演じる「盲腸」だの「親知らず」だの女性になぜか厳しい楽隊の隊長
そのほか受付のおばさんとかすぐに人を蹴る砲台の隊長さんなど愉快な人たちが目白押し
平日の日中のせいか僕一人だけだった
大々的に宣伝して全国のイオンシネマで上映してほしい優良コメディー作品
極右や極左の抗議を恐れたのか地味な興行
広く知れ渡っても右とか左の抗議は無さそうだが女性団体からは抗議がありそう
あと楽隊の兵舎狭すぎ
観てるだけでストレスになる
あれでは三密を防げない
20-10じゃなくて、20+10じゃないの?
緩い棒読み台詞に耐えられるかが評価の分かれ目であろうけど、津平町の人々の言動や町長のうさん臭さ、それにほとんどのエピソードが見えぬ戦争の皮肉と批判を表し、シュールで完成度の高い作品になったと思う。
かなりボロボロの家屋といい、貧しくもつつましい生活や勤勉さが太平洋戦争時の日本人をよく表現できているとも感じる。棒読みや感情のない会話なんてのも風刺が効いているし、生まれる前から起こっている戦争に何の疑問点も出てこない。そして、町長の女性蔑視発言や全体主義的命令。受付嬢のやる気のなさには笑わせてもらったけど、これも公務員への風刺なのかもしれない。
ストーリーそのものも面白いし、右腕を負傷した藤間の不条理な扱いや対岸のトランペット吹きの女性のロマンティックな構図、何もかもが愛おしくなる人間関係ややりきれない面とのアンバランスさの積み重ねがとてもいい。そして、根本的問題として戦争の理由や敵である隣町の存在を誰も知らないこと・・・今の日本においても、いつしか感情さえも奪われてしまう怖さがある。
最も気になったのが、煮物泥棒から始まり刑罰の代わりに入隊させられた三戸(中島広稀)の存在。主人公の露木と仲良くなるが、彼の台詞はすべて疑問文という面白さ。戦争に疑問を持たない町民ばかりだが、彼だけは疑問に思っていたともとれる。隣町は怖い、恐ろしい武器っを持っているとか・・・興味本位で確かめたくなった三戸は単独川を泳いで隣町に潜入するのだ。その後の彼の台詞からは疑問符が取れるという面白味があるのです。
やっぱり音楽は世界共通のもの。「美しく青きドナウ」の旋律と阿修羅のごとくで使われた行進曲が対照的で面白い。楽隊の“盲腸”から“顔”なんて笑わせてくれるけど、「産めよ増やせよ」という国の方針がイメージまで変えるのか・・・理不尽(橋本マナミもよく耐えた)。また、評価を満点としてしまいましたが、ウザキャラの竹中直人が喋らずにチョイ役だったことも好印象だった。
無知と無関心が引き起こす戦争根源的諸問題
津平町は川向こうの太原町と長い間戦争をしている。
朝9時に開戦、夕方5時に休戦、毎日その繰り返し。
街の中では太原町は怖く残酷らしいとの噂、誰も疑わないし、誰もがそうだと決めつけている。
ただ、それは向こう岸でも同じで…
これこそ戦争映画。
第一次世界大戦でも第二次世界大戦でもない架空の戦争。
それでも、戦争に表出する問題を見事に風刺している、奇妙だけど現実的な作品。
なんで向こう岸の敵と撃ち合い続けるのか?
この戦いも最初は理由があったのかもしれないけれど、今や撃たないと怒られるから、怒られるのは嫌だから、という理由。
街の人々も「街のために」と敵やこの戦争について知ろうとしない。
個人は誰も悪くない。この戦争を良いこと、当たり前というようにしてしまっているこの空気が悪い。
淡々と過ぎていく日々。
代わり映えのない日常の中でも少しずつ変化することで物語が進んでいく。
盲腸が顔になり、顔が親知らずになり…
棒読みで違和感しかないがクセになる演技も、感情がなくなって受け身となった無機質な人間ということか!
とにかくリピートが多い。
物語の展開としてのリピートは変わらない日々に、セリフや動作のリピートはコメディ部分に、上手く作用していた。
所々にクスッと笑わずにはいられない場所もあるけれど、あくまでも戦時中という緊迫感が劇場にも伝わってきて、素直に笑えない。
受付での押し問答(終わって帰ってきてもまだやってる笑)や笑点の座布団のように増減するご飯は特に好き。
最後の新兵器のシーン。
街中パレードで高揚してからの爆撃、爆風、露木の表情。
あの瞬間、少なくとも彼には感情が戻ってきたような。
この戦争はいつともどことも指定されていない。
今我々の目の前で起こるかもしれない身近なおはなし。
今までを批判し、これからに警鐘を鳴らす、不思議な反戦映画でした。
余談:本当に関係ないどうでもいい話なんですが、映画序盤でヘルメットにとまった青い虫。
あれは蝶ではなく、そのサツマニシキという美しい蛾です。多分。
まあ、それだけなんですけど…
風刺画?
今ひとつ気分が乗りきらない昨今で、俺は、この映画を楽しめるだろうか、という "リトマス試験紙的鑑賞" に臨んでみた。
結果は、かの不思議な映画を、それなりに楽しめたので、俺はまだ心が壊れてはいないようだな、と安心することができた。
映画は、全ての俳優が、無表情でカクカクと誇張された動きをし、1文字1文字を区切り気味の会話をするといったことによって、とても不思議な様子をみせてくれる。内容は、向こう岸の村と、毎日 9時から 5時まで、規則正しく戦争している村の、1兵隊が、ある日、軍の楽団員に任命されるという話。
たとえばある朝の町長の挨拶は、「日増しに脅威が増しております! どんな脅威かは忘れましたが。とにかく頑張りましょう!」だ。これだけでも少し雰囲気をわかっていただけるだろうか。
風刺絵ってあるでしょう。世界史の教科書にときどき出ている一コマ漫画。「日本と清が両岸から1匹の魚を釣ろうとしているが、橋の上からロシアが高見の見物をしている」といったヤツです。
この映画は、あの "風刺画" をたくさん、動画にしたものだと思えばいいのかなあ、というのが自分の感想だった。先に書いた、なんでも忘れてしまう町長も、「私の息子はもっと上流で頑張ってるよ。あんたたちも頑張りな」と話しながらご飯をもる食堂の女も、泥棒だったのに警官になって毎日煮込みをただ食いする若者も、すべての登場人物が、風刺なのだと感じた。
なぜ戦争しなければならないのか、なにが脅威なのかをあらためて考えることなく、戦うものだと思い込んでいる兵隊たち。息子がどんどん上流の戦地に行くのをいいことだ、出世の道だと信じている女。子供を産む女は素晴らしく、産まない女はダメだと思い込んでいる楽団長。「俺は何でも知っているんだよ。だけど向こう岸のことは知らないよ。向こう岸のこちは知らなくていいんだよ」と語る煮込み屋の親父。すべての存在、すべての行動が、風刺になっているのだろう。
しかし、そんなことを考えずに、ただこの映画の不思議な雰囲気に身を任せ、すべての会話を細かいギャグと感じながら聞き、そして、最後に再び流れる「美しき青きドナウ」のしらべを全身で味わえばいいんじゃないかと思う。映画を観るって、きっとそういうことだから。
薄ぼんやりの反戦映画
「オカシイ」と言う言葉は、
面白い、滑稽、変、不合理、怪しい、不審、妙、馬鹿らしい、バカバカしいと言う意味合いを現す。その意味全てを含む「おかしい」実験映画であると同時に薄ぼんやりとした反戦映画だと思った。
見始めは、一体何を現したいんだろうと思った。
まるで「粗忽長屋」を思わせるズレの可笑しさ、ルソーの絵の様な噛み合わない違和感、そして以前見たヴァロットンの絵画のような抑制の効いた妙な静けさと怪しさ、更に、昔のパタパタ漫画のような人の動きは緩慢でシュール。
ひとつひとつの画面を切り取ると独立した絵画になってて、画集を広げた面白さがある。
映画は、「動き」があるものなのに、登場人物の動作や台詞は、最小の動きと、漫才師のような繰り返しと噛み合わないズレの言葉のやり取りがオカシサを増し、また、その口調も歌うように抑揚があったり、感情を排した返しや質問の異様な可笑しみがワタシのツボにハマった。
この映画の時代設定は不明だが、七輪での煮売屋の看板、店前の干し大根、外に置かれた木箱型のゴミ箱、部屋の電球、ガラスの窓枠、レトロな大砲など、細かな美術が好ましい。
そして、訳が分からずいわれるがままに、対岸の町と戦争をしている人たちを描いてるのだが、役所の受付のお姉さん、煮売屋の妻、足で人のお尻を蹴る隊長、片桐はいりなどの絶妙な役者配置の上、奇妙な間合いと、狭ーい所で顔を突き合わせて合奏する絵面も、そのおかしさに笑えた。
と、笑っていたが、アレ⁉️これって、もしかして、ワタシ⁉️と我にかえる。
ひとりでボンヤリしているのは有りだけど、大事なコトガラに皆がぼんやりしていると、知らぬ間に事態は大変な事になってしまうんだぞ!という警告にも思えて、映画の最後は、微妙におそろしくて、深ーい主題があるのかなとも思った。
この映画は、実験的だし、シュールでちょっと想像力が必要だ。
こういう映画は初体験だが、私は好きだなぁ。
監督の今後にすごく期待してしまう。
面白くないコメディ?それとも風刺?
こっちの町は川向こうの町と、目的も分からない戦争を何十年も続けている。毎日、朝9時から夕方5時まで公務員のように時間きっかりに戦争を始め、終わるのが日課。兵隊の露木は楽隊に配属になりトランペットを吹いていた。ある日、町に新兵器が来ることになり、使ってみると、こっちの町まで爆風が届くほどの凄まじい破壊力だった、という話。
コメディなんだろうけど、全く面白くなかった。
決められた事を何も考えず日々こなしてる役所仕事を皮肉った作品なのだろうか?
最後はまるで原爆投下の様な凄まじさだった。
何が言いたいのかわからなかった。
【蔓延る全体主義の中、盲目的に自らの役割をこなす人々を描くブラック寓話。少しだけ笑えるが、とても”怖い”作品。】
ー どこの国か、どの時代か不明だが、既視感がある風景が続く。ー
■感想
・川を挟んだ町が、”怖ろしい事をする人々が住んでいる”と、津平町の人達は”昔から”信じているが、川向こうに行った人はおらず、伝聞が繰り返されている状況。
ー 世界で起こっている戦いの原因は殆どは、”推定、伝聞による恐怖”ではないか?ー
・津平町の町長(石橋蓮司)の、男性優位主義に辟易する。
ー モノを覚えられない人物が、町長って・・。だが、町の人達は彼の言葉に異を唱える者はいない・・。ー
・楽団指揮者(きたろう)の、男尊女卑思想と、全体主義思想に凝り固まった愚かしき姿。
・自分に与えられた役割を、自分の頭で考えずにこなすことで日々生きる、無表情で、つっけんどんな笑顔無き町の人々。
ー 兵舎の受付のおばさん。出欠の札を裏返すだけで30年生きてきた初老の男。ー
・自分の息子が川の上流で、活躍している事のみを誇りに思いながら生きる食堂のおばちゃん(片桐はいり)
ー クスリとするシーンが続くが、何だか”銃後を守る”世界大戦時の、勤労婦人みたいである。ー
・露木(前原洸)のみが、兵隊から楽団に異動になり、トランペットを吹く楽しさに気付き、河原で向こうの町に向かって吹くシーン。対岸からも微かに聞こえてくる音楽の音。
ー あの黄色い服の女性は、誰なのだろうか・・。露木の心に、少しだけ変化が生まれる。ー
・だが、仰々しく新兵器が河原に設置され、砲弾が砲塔に込められ・・。
ー このシーンは、広島、長崎の方には見てもらいたくない程のインパクトがある。ー
<物語は淡々と進む・・。
が現実身を帯びた町の人々の姿が恐ろしい。
特に、ラストの数シーンは、池田監督が仕掛けた、毒ガスが噴き出したかのようである。
現実世界で行われていることをブラックユーモアの態を取りながら揶揄した、強烈な反戦映画である。>
杓子定規の世界
杓子定規を煮詰めた世界が広がっていた。
知らなくて良い、深く考えない、言われた事だけやってれば良い。
繰り返される同じセリフに苛立ちを感じるが、今もこの社会構造と同じ様なもんだと思う。
シュールな笑にしているが、何かに支配されている背後が怖い作品だった。
戦争=生活
変な映画だ。
ちょっと観たことないような変な映画。
カウリスマキというより、大むかし、高校生のときに観た寺山修司の実験映画を思い出したり。
でも、まあ面白かったよ。
映画というより、芝居(演劇)を観ているようでしたが。
脇をかためるのは、竹中直人、石橋蓮司、嶋田久作、きたろう、片桐はいり、橋本マナミ……。
なかなか豪華なキャストです。
そのほかにも、名前は知らないけれど、なんかみんないい味だしてました。煮物のように。
中でも異彩を放っていたのが、受付の女性ですな。
腕を失くした元兵隊にあれこれ質問するシーンは、かなり笑ったで。
この作品で描かれている「戦争」というのは、我々の「生活」のことだと僕は解釈したのだが、違うのか?
違っても、まあいいのだよ。それがどうした。
食堂での、主人公と片桐はいりのやりとりが印象的でした。
とにかく、我々はいつからか知らないけれど、ずっと戦っているのだ。
つべこべ言わずに、ただハリキッテ戦っていればいいのだ(涙)
ただ、「蝶」は要らんような。
ちょっと、くさいような気がしたわ。
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