「人は独りでは生きていけない」この世界に残されて sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
人は独りでは生きていけない
42歳の寡黙な医師アルドの下に、16歳の少女クララが生理不順のため診察に訪れる。
伯母と二人暮らしの彼女はホロコーストの生き残りであり、父と母は今も強制収容所で生き延びているのだと信じようとしている。
妹を救うことの出来なかった罪悪感に苛まれる彼女は、他人と距離を置き、心を閉ざしているように見える。
しかし彼女はある日、アルドの部屋を自ら訪ねていく。
彼女の意図が分からぬまま部屋に招き入れるアルドに、ひとしきり今の境遇に対する不満を述べて彼の気を引こうとするクララ。
そして彼女は抱き締めて欲しいとアルドにせがむ。
クララは最初アルドの中に自分の父親の面影を求めていた。
そしてアルドもまたクララに対して特別な感情を抱くようになる。
自分ではクララの心の傷を癒せないと判断した彼女の伯母は、クララがアルドの部屋に泊まり込むのを許可する。
次第に二人の関係は他者から見れば危ういものに写るようになるのだが。
説明的な台詞や描写の少ない作品だが、とても繊細なタッチで物語は進んでいく。
アルドが孤児院に玩具を寄贈する場面があるが、それは彼がホロコーストで最愛の妻と子供たちを失ったことと関係しているらしい。
アルドのアルバムを見て、彼の境遇が自分と同じであることを知り、涙を流すクララの姿が印象に残る。
再婚はしないと語るアルドだが、おそらくクララに対しては年齢を越えた愛情を感じていたのだろう。
そしてクララもまたアルドを父親の代わり以上に想っていたのだろう。
しかし二人が結ばれることはない。
ロシアの支配下にあり、共産党が力を振るっている戦後のハンガリーでは、目立った行動を取れば逮捕される危険がある。
アルドが彼女を自然と遠ざけるように仕向けたのは、彼女を守るためだった。
アルドは新しい恋人を作り、またクララも同世代のボーイフレンドに惹かれるようになる。
時は過ぎ、お互いのパートナーと家庭を持つことになったアルドとクララは久しぶりに顔を合わせる。
するとラジオからはスターリンの死亡を知らせるニュースが流れる。
これで自由にどこへでも行けると喜ぶクララ。
しかし一瞬だけ苦悩の表情を浮かべるアルド。
もしかしたら彼の脳裏にはクララと自分が結ばれる未来が浮かんだのかもしれない。ロシアの支配さえなければ。
饒舌なクララに対して、アルドはほとんど表情を表には出さない。
それだけに彼の想いが最後に伝わってきて切ない気持ちになる。
直接的なホロコーストの描写はないものの、ホロコーストが人の心に残した傷の大きさを感じずにはいられない。
大きな起伏はなく淡々とドラマは進んでいくが、想像力を掻き立てられる場面が多く、観る人によって様々な形に受け取られる映画だと思った。