「2つの事件から構成される2つの視点。事実と正義が揺らぐ傑作。」由宇子の天秤 tackさんの映画レビュー(感想・評価)
2つの事件から構成される2つの視点。事実と正義が揺らぐ傑作。
ドキュメンタリーディレクター・由宇子が追う女子高生いじめ殺人事件と、その彼女の父から告げられた衝撃の事実。この2つの事件は交わることなく、この映画は進行していくが、由宇子は2つの事件の間で揺れ、その心情の変化や次々と知る情報から、思わぬ方向へ揺らいでしまう。
まずドキュメンタリーディレクターと言う設定が良い。
真実を追求しなければならない立場にあり、そのために由宇子は出来るだけ遺族に寄り添う形で真実を聞き出そうとしている。そのためには上に盾突く事もあり、この辺りはジャーナリストとしての神髄を見せられる。
しかし、その一方自らの家族にのしかかった真実や、遺族に寄り添う事で互いに心を開いていく中で、彼女の中に守らなければならない事も増え、やがてそれは真実や正義がどんどんあやふやなままエンディングを迎えるという何とも言えない展開だった。
この映画は今までに見たことのない視点を我々に与えている。
2つの事件、事象を背負った場合、自らが本当に自分の中の答えとなるものを実行できるか。
事実を追うだけの映画なら割とベタだし(最もドキュメンタリーとはそのことだ)、背負った苦悩を描き出す作品も多い。しかし、2つの間でどういう判断するか、を描く作品なんて見たことない。秀逸だ。
あと個人的に由宇子が教え子を守るために法を犯そうとした点だ。よく「法さえ犯さなければ何やったって良い」みたい事を聞くが、あれって薄っぺらいな、と。法を犯しても守れる事もあるなら、それが本人にとっては善になるのか。この描き方もまた私に新たな着眼点をくれた。
本当まさに現代は正義の暴走が止まらない。この映画のタイトルで言えば、天秤がちょっとでも片方に傾くとバランスが取れないほどそちら側に傾いてつり合いが取れない。そして正義を振りかざし、善悪の答えを知ったように超情報化社会の中に足跡を残す。ツイッターやヤフーコメントなんかがまさにそうだと思う。
しかし、他人が簡単に一つの事象を善悪色付けしたり、正義を振りかざすことなんてとても難しいことである。最後の最後までこの映画は明確な答え合わせはされないまま、最後は鑑賞した人に考えや思いを問いかけたような作品であった。
またこの作品は役者陣の演技力なしではあり得ない。まずそこだと思う。2時間半音楽もなく、感情もものすごく抑えられている。観る側の集中力を切らさないのは役者陣の圧倒的演技力あってこそなのだと感じた。