「観客の固定観念を軽快に裏切り続けて想定外の結末に誘う『不思議の国のアリス』ミーツ『踊る大捜査線』」由宇子の天秤 よねさんの映画レビュー(感想・評価)
観客の固定観念を軽快に裏切り続けて想定外の結末に誘う『不思議の国のアリス』ミーツ『踊る大捜査線』
主人公の由宇子はドキュメンタリー番組のディレクター。女子高生自殺事件の真相を追うために自殺した女子の家族ら関係者への取材に奔走する傍ら、父が経営する学習塾を講師として手伝う毎日を送っているが、ある日塾で起こったささいなトラブルをきっかけに由宇子は次から次へと様々な選択を迫られる。
これで今年の新作映画鑑賞は97本目ですが、これは昨日までベストワンだった『Mr.ノーバディ』を超えました。凄まじいレベルの傑作です。
普通こういう映画だと主人公は実直な人で困難にブチ当たるたびに打ちひしがれたり苦悩したりしますが、由宇子はそんなキャラではなく冒頭から自分の撮りたいものを撮るためには手段を選ばない強かさを備えています。その強かさが盛大に繰り返されるどんでん返しで延々と試され続ける様はまるで『不思議の国のアリス』。要するにドキュメンタリー作家の由宇子は事件の真相という白ウサギを追っていくつのも真実が交錯する不思議の国に迷い込み、そこで出会う人々に様々な難問を突きつけられても抱え込むことなく矢継ぎ早に答えを出していく。その行き着く先が観客が想像していたものからどんどんと遠ざかっていき登場人物の印象も目紛しく変容する様が余りにもスピーディで152分という長尺を全く感じません。
個人的に気になったのは由宇子がずっと着ているコート。ポスタービジュアルでも判る通り『踊る大捜査線』のいわゆる“青島コート“そっくり。これって本作では事件が現場だけでなく会議室でも起こることを暗に匂わせているのかもと勘ぐりました。
ほぼずっと出ずっぱりの由宇子を演じた瀧内公美の存在感がとにかく強烈ですが、丘みつ子、光石研他の演技派ががっちり脇を固めているので、観客の固定観念をこれでもかと揺さぶってくる危うい構成なのに妙に安定感のある作品。そんな中で異彩を放っていたのは塾の生徒の一人萌を演じた河合優実。『佐々木、イン、マイマイン』では不思議な縁から佐々木と心を通わせる苗村、『サマーフィルムにのって』では主人公ハダシの幼馴染で天文部員のメガネっ子ビート板と全く印象の異なる役を演じてきていますが、本作で最も複雑なキャラクターをしなやかにこなしています。
劇伴が全然ないのが特徴的ですが、冒頭で奏でられる曲が醸す強烈な違和感が物語を追っている間も抜けないのですが、エンドロールにそれに対する答えがさりげなく添えられていて、この選曲にも本作のテーマが滲んでいたことにも感銘を受けました。
本作を鑑賞するには予告やチラシ、公式サイトに書いてあること以外は何にも知らない方がいいですが、一点だけアドバイスするとエンドロール直前に鳴る音には注意して下さい。それを聞き逃すと本作に対する印象がガラッと変わりますので。