「弱い人も嘘を吐く」由宇子の天秤 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
弱い人も嘘を吐く
上映前の舞台挨拶で春本雄二郎監督は「ストーリーを追わないでください」と言っていた。その通りの作品であった。
瀧内公美は映画「彼女の生き方は間違いじゃない」や映画「裏アカ」を観て、ところどころで光る演技をする女優だと思った。本作品でも、冴えない場面は少しあったものの、凡その場面でリアリティのある演技をしていた。
本作品で演じたヒロインの木下由宇子は、ドキュメンタリー監督及びインタビュアーとしていじめ自殺の真実に迫る映像を撮っていくが、いかにも浪花節的な精神性で、人を信じすぎるきらいがある。「私は誰の味方もしませんよ」と言いつつも、弱い人の味方という立ち位置で取材をする。弱い人はただ人権を蹂躙される正直者だと誤解しているのだ。本当は弱い人にも戦略があり、ときに嘘を吐くということを忘れている。
テレビを主戦場とするなら、局の政治的な圧力も承知の上で、限界ギリギリの妥協点を探りながらの番組作りをしていかねばならない。海千山千のしたたかさが要求されるのだ。しかし由宇子は正論にこだわる。そのあたりの未熟さを瀧内公美はとても上手に演じ切ったと思う。
凡そ人は喜怒哀楽の場面に遭遇したときは、先ずフリーズする。いきなり泣き出したり怒り出したりすることはない。目や耳から入ってきた情報を分析しているからだ。瀧内公美のフリーズする演技はなかなかのもので、とてもリアリティがあった。
ある意味とっ散らかったストーリーの中で、由宇子に降りかかる災難は半端ではない。その全部を彼女は黙って引き受ける。そこに彼女の弱さがある。無視して、人を見捨ててしまう冷酷さがないと、ドキュメンタリー監督は務まらない。弱い人も嘘を吐く。
ジャーナリストではない。ドキュメンタリー監督なのだ。自分の責任を棚に上げて、自分が生きていることさえも棚に上げて、超客観的な視点、所謂神の視点で映像を撮る。強者も弱者もともに突き放して、由宇子自身が言ったように、誰の味方もしない。そのために必要な冷酷さを身につけなければならない。自分や家族を守っているようでは、いつまでもちゃんとしたドキュメンタリーは撮れない。由宇子の天秤がちゃんとバランスを保つようになるまでには、もう少し時間が必要だ。そういうラストであった。