劇場公開日 2021年4月3日

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「陰翳礼讃」ブータン 山の教室 pipiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0陰翳礼讃

2021年7月4日
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鑑賞方法:映画館

知的

難しい

幸せ

貴方はルナナで一生暮らせるか?
ルナナ村での暮らしは本当に幸せなのか?
ルナナ村の子供達は、純粋で無垢で優しくて、足るを知る天使なのか?
ルナナには、都会人が忘れている「大切な何か」があるのか?

私は、決してそうは思わない。
何故、ルナナの人々があれほどまでに教師をありがたがったのか?
子供達に教育を与えたかったのか?
村長が答えている。
「教育があれば、他の仕事を選べる」と・・・。
そう。村人は村の暮らしに対して、決して「満足」している訳ではないのだ。
もちろん「満足」している人も、中にはいるだろう。しかし、そうではなくて「他の生き方を選べない」から消去法で「この暮らししか出来ない」人が大半だと思う。

ウゲンをもてなした食事。ウゲンにとっては日常的に食べてきたものよりも、遥かに質素だ。
しかし、ミチェンは「こんなご馳走を食べるのは正月以来」だと言う。
村民の大半が靴すら貧しくて買えない。紙1枚だって、大層な貴重品だ。

ドルジ監督は「この映画は決して、経済的物質的な幸せと、文明が無い中での精神的な幸せ、の二項対立ではない。」と述べている。
決してルナナ村の暮らしが幸せであると説いている映画ではないのだ。
食事が身体を育む糧ならば、教育は知性と心を育む糧だ。
知識と知性が高まれば「より広い世界」を知りたくなるだろう。
社会の大きなシステムを知れば「その中で、自分はどれだけやれるか」に挑戦したくなるだろう。
教育を与える事は、同時に物質文明の扉を開く事でもある。
「教育という糧」を与えられないが為に無垢な瞳が輝いている事は、肯定されるべき事態では無いのじゃないか?

監督は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」に影響を受けたという。
「光のありがたさを知るためには、影を理解しないといけない」と監督は言う。
ブータンでは最大の都会、ティンプーの暮らしに不満ばかり抱いていたドルジ。しかし「ルナナという影」を知ることで「自分は今まで、どれだけ光の当たる幸せの中にいたのか」に気付く。これまで不満だとばかり思っていた事の一つ一つが、どれだけ幸せでありがたい事だったのか?と。
同時に「ルナナでの貧しい暮らしの中にも沢山の精神的幸せ」がある事も、ドルジは知る。

終盤、ドルジがオーストラリアに行って本当に良かった。渡航を取りやめたり、ましてや冬場までルナナ村に残ったりするような展開ならば、この映画の価値は一気に下がってしまうだろう。
「幸せ」は「どこにでもある」のだ。
ドルジにとっては、それに気付かせてくれた原点がルナナ村になった。
オーストラリア・シドニーほどの大都会で、溢れ返る物質文明に幸せを見失いそうになった時も。ルナナ村を思えば、いつだって「今、ここに」幸せは見出すことが出来る。

西洋的物質文明は、強い光で「影を消す事」に力を注いだが、日本人は「影を認め」「光と影の中で映える生き方」を模索する。ブータンもそうだろう。
監督は
「経済的・物質的文明の中にもある精神的幸せ」と
「光(物質的豊かさ)のみを追求するばかりでなく、ブータン固有の豊かさ(文化・伝統)」を失わない事の大切さの両方を、本作で訴えたかったのだと思う。

表面的な「素朴さ、純朴さ」のみに感動するだけではなく、広い世界を知る事の大切さと、幸せは今この瞬間にも自分を包んでいる事に気付くという点に、注力している事を高く評価したい。

pipi
きりんさんのコメント
2023年12月23日

先日はpipiさんとの対談、楽しかったです。
NOBUさんの仰るとおり、読み物としても美しく推敲され、完成されたpipiさんのレビューは、読了感が格別です。

素朴なアジアの学校ものの映画では、僕が思い出したのは「すれ違いのダイヤリーズ」でしたね。
若い先生が子供たちに言っていました
「なぜ勉強するかわかるか?騙されないようになるためだ」。
これも意味深くて、表と裏と、考えさせられるひと言でした。教育の善の面と悪の面と、裏腹なのです。

田舎を舞台にした作品は、構造が単純なだけに哲学がはっきりと浮かび上がってくるので、不意打ちを喰らいます。
ご覧になっておられなかったら、いつか是非。

小生もレビューの書きかけで肥やしとなり、放置してある下書きが数十本あります。
「観てすぐに書く」、その勢いがないと自分も刻々変わるので もうこれはいけません。
困っています(笑)

ではまた。

きりん
NOBUさんのコメント
2021年7月4日

おはようございます。
 朝からヘトヘト、汗だくなNOBUです。
 pipiさんの今作のレビュー、名文ですね。
 ”広い世界を知る事の大切さと、幸せは今この瞬間にも自分を包んでいる事に気付く事の大切さ”
 朝から、素晴らしい文章を拝読させて頂きました。

NOBU
きりんさんのコメント
2021年7月4日

教育は“パンドラの箱”。
すべてを見失って自分の生きる場を手放してしまうか、あるいはその先にある「新発見」と「再発見」を御して自己の依って立つ位置を新しく定めることが出来るか・・
開国と鎖国の間で模索をする国ブータンの今を見た気がしました。

冴えた視点で監督はたくさんのことを彼の同朋に、そして私たちに問うているように思いました。

それにしてもドルジの歌の下手くそなこと!(笑)

きりん