劇場公開日 2021年3月26日

「用意された台詞では表現できない至極の2時間」ノマドランド SGさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0用意された台詞では表現できない至極の2時間

2021年8月4日
iPhoneアプリから投稿

近年日本でも、特定のオフィスを持たずあらゆる場所で仕事をしたり、都市部を離れて地方に移住してリモートで仕事をする新しい価値観や"ノマドワーカー"が注目されているが、ここで描かれているノマド(遊牧民、放浪者)はそんな前向きでカッコいいものじゃない。
かつての家や定職を失い、旅を続けながら季節労働に従事する高齢労働者たち。
深刻化する格差社会、高齢化社会のなか、アメリカの広大な大地と美しい自然を背景に、貧しいながらも人生の思い出とささやかな希望の中に生きる車上生活者たちは、それぞれとの交流を育みながらも孤独に不器用に必死に生きている。

中国系アメリカ人女性監督として、とんでもない才能を見せつけたクロエ・ジャオと、実際にノマド生活を体験して演技に生かしたプロデューサーでもあり主演の名女優F・マクドーマンド。
二人の女性が作り上げた世界観に吸い込まれるように没入し、人生観や価値観を激しく揺すぶられた。
マクドーマンドとD・ストラザーン以外は、実際のノマドである素人の演者たち。だからこそ演技ではない本当の言葉と人生がそこには満ち溢れていて、フィクションとノンフィクションの見事なまでの融合が生まれている。
キャンピングカーで暮らす片腕を怪我した気難しい老婆スワンキーが、ノマド生活のノウハウをファーンに伝授するのだが、彼女がひたすら自分の言葉でこれまでの人生と病気のこと、そして夢について語る場面。
クライマックスでも何でもない、作品のまだ前半の場面だが、なぜか胸が熱くなり涙が溢れた。
人生の豊かさ、幸せって本当は何だろうか。
これから年老いていく自分に照らしながら、なるべくポジティブに、深く考えてみようと思った。

スペクタクルなことなど何も起こらないドキュメンタリーのようなロードムービーなので、退屈に感じる人もいるだろう。しかし用意された台詞では表現できない、自然と生活の音、静寂に包まれながら、至極の2時間を味わった。

SG