劇場公開日 2021年3月26日

「誇りとやせがまん」ノマドランド 杉本穂高さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0誇りとやせがまん

2021年5月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

「武士は食わねど高楊枝」という言葉が日本にはある。これは、前向きに解釈すれば、金はなくても心までまずしくなることはない、となるが、後ろ向きに解釈すれば「やせがまん」だ。大抵の人間はどちらかに割り切れるものではなく、その両方の中で心が揺れ動いてものだろう。この映画にはそういう揺れ動く気持ちが描かれている。
生活していた町が失われ、車上生活をする主人公。職を求めて転々と流浪の暮らしをつづける彼女は、ホームレスではなくハウスレスだという。同じような生活をする人々が、そのような自由を求めて生きる「ノマド」と呼んで誇らしく装って見せる。ある人はノマド生活から家族の家に戻り快適な暮らしを手に入れる。ノマド時代より、明らかに健康そうで幸せそうだ。
そして、社会を捨てて生きる彼ら・彼女らは、本当に自由になれているのか。主人公は自分で行き先を決めているようで、実際には短期の職があるところを目指して移動している。アマゾンのような巨大企業は、彼女のような社会からドロップアウトした人間すら、システムの一部として組み込んでいる。
大晦日を一人で祝う彼女は、自分を卑下しない。格差の下に追いやられても誇りは失わないのは、人間として立派だ。しかし、やせ我慢も明らかに混じっている。混沌とした感情が叙情的な映像で綴られる。礼賛も格差批判もこの映画にはピタリとはまりにくい。この映画は、主人公とともにやせ我慢と誇りの両極を一緒に揺れるように観るのがいいんだろうと思う。

杉本穂高