「年老いたノマド達の矜持ある孤独」ノマドランド ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
年老いたノマド達の矜持ある孤独
アメリカの広大な自然の中、季節労働をしてはバンで移動しながら暮らす高齢のノマド達を、静謐なタッチで描く作品。
主要キャストは、F・マクドーマンドとD・ストラザーン以外は俳優ではなく、本当のノマド達だ。彼らが雑音としての素人っぽさを全く感じさせず、マクドーマンドに引けを取らない存在感でしっかり物語の骨組みになっていることに驚いた。
一方で、物語全体にドキュメンタリーと見まごう雰囲気が漂っていて、不思議な感覚になった。役の人物が過去に背負ったものを滲ませながらリアルノマドに溶け込む、マクドーマンドの魔法だ。
原作の著者、ジェシカ・ブルーダーのインタビューを読んだ。映画への反響は、悲観的なものと、希望を感じるものと両方あるという。
鑑賞中は、大自然の美しい眺めに癒され、主人公のファーンと道ゆくノマド達との程よい距離感のある交流に心地よさを感じ、人生の暗喩のようなノマドの道行きに意義を見出せる気がした。
しかし観終えた後、私はささいで優しいエピソードの狭間に覗くあまりの孤独感に心がつらくなってしまった。同時に、終始淡白な描写でありながらこういう重い感情を惹起するこの映画の効きの強さを感じた。
ファーンは不況の煽りで勤め先や家を失い、夫も病気で亡くしている。彼女は経済的にノマドにならざるを得なかった側面があるとともに、積み上げてきた生活を時勢の流れで失い、大きな空洞を抱えた心もまた彷徨っている。
自由な人生を送るための縛られないライフスタイルというより、落ち着く場所を失った心のバランスが、絶えず彷徨うことによりぎりぎり保たれているような哀しさを感じた。
定住の選択肢が見えてもファーンがそれを選ばないのは、そんなかろうじて保たれているバランスが崩れることへの恐れや、安定した環境で何かを積み上げても、またかつてのようにあっけなくそれらが失われるともう耐えられないと思うからかもしれない。
本来は定住生活においても、永遠に失われないものなどない。ただ、安定した生活は何かを失う覚悟を鈍感にする。
流浪の生活では、別れが常に身近にある。でも、流転し続けるからこそ再会の希望も持てる。喪失の覚悟が常に出来るし、絶望は和らげられる。
ノマドの生活に本当のさよならがないというのは、無常を正視し続けることと引き換えの救いだ。そのような覚悟なしにぬるく生きている私の心に、そんな生活を選んだ老年期のファーンの修復し難い孤独がひりつくように沁みた。
美しい風景の中のラストに希望を感じるか、静かな絶望がその先も続くように見えるかは、見る側の心のありよう次第なのだろう。