名も無い日のレビュー・感想・評価
全27件中、21~27件目を表示
死者達の思い
人が生きるには体と心が必要です
むしろ体より心が大切に感じます
私も故郷を飛び出して遠い地名古屋で暮らしている
達也のように故郷のことはそこに残された妹が一切を背負って生きている
彼女にはとてつもない苦労を背負わせていることは事実だ
なんの話し合いもなくこちらから頼み事もせずに彼女はその苦労を背負っている
私はそんな苦労も知らずに今まで生きてきたのだ
この作品を見て非常に心配になってしまった
父や母は健在ではあるが明らかに年老いているし近くにいる兄もさほど頼りにはできそうにない
彼女なしでは私も兄も今の生活を続けることは不可能ではないかとさえ思うのだ
章人は私の妹なのだ、バランスが崩れれば突然いなくなっても不思議のない危うい所で生活をしているのだ
私はいまだに逃げ回っているのかもしれない、自分に言い訳をして安全な場所からささやかな事しかせずに丸投げしているのだ
人など簡単に死んでしまうのだから、生きているうちに精一杯のことをしなければ
私が呑気に映画を見られるのは彼女の苦しみの上に成り立っている事を忘れてはならないのだから
『後悔』の思いを共有し涙した
永瀬正敏、オダギリジョー、金子ノブアキが演じる三兄弟。メチャいい兄弟だったのになぁ。
.
これは究極の悲劇だった。
悲劇の傑作だった。
.
次男の訃報を受け名古屋に戻った長男と三男。
次男は亡くなって半年以上経っていた。
孤独死だった。
.
大人になり別々の道を歩むのは必然だし、たとえ兄弟の変調に気づいたとしても自分の生活を投げ打つことは難しいのだが。
.
罪がないと思おうとしても無理な話。
永瀬さんの『後悔』を共有した。
.
.
この世の中に『後悔』という十字架を背負って生きている人がどれほどいるだろう。何年経っても「あのとき」を思い涙する人がどれほどいるだろう。
.
.
ちなみに今作のロケ地は地元の名古屋市熱田区です‼︎
熱田区の皆様、お馴染みの場所がたくさん登場します。永瀬正敏さんと今井美樹さんが神宮前商店街を歩いてます。決してお見逃しのなきよう。
映画を知らないカメラマンの駄作
次男の吐露の背後にいる長男が見えない画の酷さ、次男の箸並べに肝心の顔がテーブルで見えない画は無価値、貞子にしか見えない今井美樹って馬鹿じゃないの、突然叫び出す藤の演出って理解不能、次男の原因はほったらかしの無能、彼らの両親はどうしたのか、弟死んで帰ってノコノコ同窓会に出る阿保、居酒屋の息子絡ませて何、ゴミ屋敷でも実家でしょ土足で入るか、親戚関係が理解不能、帰国の理由を引っ張る技量も無いくせに明かさない間抜け、熱田神宮に失礼極まりない、深刻ぶった永瀬が哀れ、結局次男に何があったかなんてどうでもいいらしい、6っの箸の意味もほったらかし、何を描きたいのか監督自身が分かっない、こんな映画作るべきでなかった。
【”家族の居場所を只管に護った弟の「証」を、深い悔悟の想いでシャッターを切る兄の姿・・。” 観る側に”大切な人との絆”とは何であるのか?という事を問いかけてくる重厚な風合の作品。】
ー 印象的なシーンがとても多い、哀切で、心にズシンと響く作品である。
物語は、小野家の現在と過去を行き来しながら、熱田神宮の祭りの提灯も印象的に映し出しながら、進む・・。ー
◆今作の達也は、名古屋市熱田区出身で、20才で渡米しNYで写真家として活躍する、日々遊一監督の分身である。
だが、今作は名古屋市熱田区の”ご当地映画”ではない。
監督自身の自伝的要素も含ませた、心に残る作品である。
<Caution! 以下内容に少し触れています。>
・今では、NYに住み、写真家として活躍する達也(永瀬正敏)が、久しぶりに地元に戻って来るシーンから物語は始まる。彼の表情は暗い。玄関の入口のガラスの一部が割られた実家の前を逃げるように素通りし、三男の隆(金子ノブアキ)の家に寄る。
ー 彼らが幼き時のシーンも挟み込まれ、”何か”があったのだろう・・、と推測する。”何か”とは、凶事であろうことは容易に想像ができる数々のシーンが描かれる。ー
・病院に入院している、普段はNYで活躍している達也を自慢げに話していたという祖母の達也に対する態度が、冷たい。そして
“アッ君は、昔から優しかったから・・”と呟く・・。
・且つては、家族6人で囲んでいた食卓に、誰もいない家の中、6つの箸置きと箸を整然と並べてから、独り、粗末な食事をする目を病んだ章人(オダギリジョー)の姿。
ー その箸置きと箸は、且つて章人が、達也と隆の前で買ったモノである。
そして、彼が、且つては東大卒であり、企業で勤めていたシーンが挟み込まれるが、そのシーンですでに章人に異変が起きている事が分かる。切ない想い出のシーンの数々。ー
・NYから一度、実家に戻ってきた達也と、独り荒れた家で生活する章人が久しぶりに会うシーン。
ー 章人が兄に一切目を向けずに、独り吐き捨てるように、言った言葉。
逃げるように家を出る達也。
今作の白眉のシーンの一つであろう。ー
◆達也と昔、関係性を持っていた人たちの、過去と現在の姿も、今作のテーマ”大切な人との絆”をサブストーリーの様に描いている。
ー 且つて達也の同級生だった明美(今井美樹)は友達が交通事故で死んだのは、自分の為だと、悔いを残しす日々。同級生の母(木内みどり)が、明美に息子の墓前で、語りかける言葉。ー
<子供の頃、達也の写真のセンスを只一人、称賛していた章人。
達也がNYで活躍した切っ掛けを作ったのは、章人だったのだ。
帰国してから、達也は様々な被写体にカメラを向けるが、シャッターを切れない。
だが、帰国寸前、章人の残した言葉を読み、章人が独り護っていた”証”を撮り、堰を切ったかのように、荒れた家の中の風景を撮り続ける達也の姿。
夜、家の玄関に灯る懐かしき祭りの提灯が浮かび上がる幻想的なシーンも含めて、実に印象深い余韻を残す作品。
観る側に、”大切な人との絆”とは何であるのか?という事を問いかけてくる、重厚な風合の作品でもある。>
◆2021年6月10日 全国公開前に追記。
・他の幾つかのレビューを拝読すると、”写真家の・・云云かんぬん”と言うレビューが散見されるが(優れたレビューも、勿論あります。)、是非ご自分の目で作品を観て、感想をレビューに挙げて頂きたい作品である。
斬新かつユニークな「死」へのアプローチ
日比遊一監督と岡崎紗絵の舞台挨拶付き先行試写会にて。
一見、硬派な人間ドラマだが中身はかなり斬新でユニークなアプローチをする変わった映画だ。基本的には普通のヒューマンドラマとして展開していくのだが、油断した隙にどこかカルト映画味を感じるホラー演出が展開されたりする。作風自体は「普通の映画」で、これは変な映画ですよ、というアプローチが無いので更に演出が際立つというか。
監督は舞台挨拶で「映画とは作り手が一方的に伝えるものでは無く、作り手と観客の対話だと思ってる。」と言っていた。
実際、その通りに作られていて、状況の説明が一切無く、断片的に語られる情報から自分で考えなければいけない。その過不足があるからこそ、ミステリーやスリラー要素も組み合わさってくる。何一つ確かな事が分からない状況で、「何故、弟は孤独死したのか」という問に永瀬正敏の表情と共に考えさせられる。
観客に考えさせるという問題提起の仕方が上手だな、と素直に思った。
突然、大雨降ったり飛行機の音でかき消されり、といった不自然な要素が目立つけど、これは名古屋に住んでれば実際に起こってること。急に雨が降って30分後ぐらいには雲一つない青空、だったり、県営名古屋空港がある関係で飛行機が低空でバンバン飛んでます。自衛隊のジェット機が通るとめちゃくちゃうるさいです。そんな不自然な要素を演出に取り入れるセンスはやはり風変わりだ。
観なくても損はしないけど、観て損もしない。でも「そう言えばあんな映画あったなー」と思える作品です。
全27件中、21~27件目を表示