「まるでシリーズ作品のプリクエル。 一本の長編作品としてはどうだろう…?」劇場版 アーヤと魔女 たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
まるでシリーズ作品のプリクエル。 一本の長編作品としてはどうだろう…?
意地悪な魔女に引き取られた孤児、アーヤの奮闘を描いたファンタジー・アニメ。
アーヤと共に暮らす謎の男、マンドレークの声を演じるのは『フラガール』『20世紀少年』シリーズの豊川悦司。
喋る黒猫、トーマスの声を演じるのは『永遠の0』『マスカレード・ホテル』の濱田岳。
企画には『となりのトトロ』『千と千尋の神隠し』の、アニメ界のレジェンド宮崎駿がクレジットされている。
2020年、テレビ用長編アニメーションとして制作されたスタジオジブリ最新作。
ジブリにとって初の3DCGアニメーション作品であり、尚且つ2017年の制作部門再開以降、初の長編作品でもある。
監督は宮崎吾朗。
常に父親と比較されてきた彼だが、本作では3DCGに挑戦しており、過去2作に比べると宮崎駿っぽさは薄い。
宮崎駿の呪縛から逃れる術としてCGを使用したのだとすれば、その目論見は成功していると思う。
宮崎駿と同じ様に手書きアニメに拘っていたら、いつまで経っても父親の劣化コピーに留まってしまうことになるだろうし。
3DCGのクオリティはまあまあ。
国内アニメとしては良い出来と言えるけど、ディズニーやピクサーと比べてしまうと物足りない。予算が違いすぎるから比べるのは可哀想だけど😥
とはいえ、宮崎駿・吾朗親子を支え続けるベテラン、近藤勝也のデザインしたキャラクターは魅力的。
特にアーヤのコロコロと変わる表情はとても可愛らしく、他のジブリヒロインと比べても引けを取らないチャームがあると思う。
表情の豊かさは歴代ジブリキャラの中でもNo.1!
映画のルックは悪くない。…のだが、面白いかと言われると…。
決してつまらなくはなかったし、『ゲド戦記』の頃と比べると宮崎吾朗監督も立派になったなぁ、と思ったが、長編アニメーションとして作る話か、コレ?
アーヤの出自や魔女たちの過去、赤毛の魔女の正体など大事な伏線が全て無視されて物語が終わる。12人の魔女って一体?
まるでシリーズ作品のプリクエルか、テレビアニメの第1話〜3話を纏めた物の様。
魔女たちは昔ロックスターだったという設定は面白い。流石ロックとファンタジーの国、イギリス!
なんだけど、この設定もいまいち活きてこない。
例えばクライマックスでアーヤをボーカルにしてギグをぶちかますとか、そういうエモくて盛り上がる展開をいくらでも用意出来ただろうに…。
アニメでは淡々とアーヤの雑用が描かれる。アーヤが魔女ベラ・ヤーガにいびられながら雑用をこなす。本当にこれだけ。序破急の「序」、起承転結の「起」が延々と続く。
魔法を使った冒険とか、彼女の成長とかが観たかったのに!
アーヤが勝手に魔法を使うシーンがあるんだから、彼女の魔法が暴走してトラブルを巻き起こすとか、なんかもっと山場が欲しかった。ずっと平場の映画なんだもんなー。
アーヤの性格は面白いと思う。『魔女の宅急便』や『千と千尋の神隠し』の様に仕事を頑張る女の子として描かれるが、アーヤはどこまでも自分本位。どうすれば周りの人間を操ることが出来るのかばかり考えている腹黒少女。
今までのジブリでは絶対に居なかった、新たなるヒロイン像を作り上げたことは評価できる!…んだけど、この性格ももっと掘り下げられたと思う。
自分勝手な性格が災いしてとんでもないトラブルに巻き込まれる、とかお話をもっと膨らませられるのに!
せっかく面白いキャラクターなのに、それを活かしきれていなくて勿体ない!
あまりにも中途半端な物語のため、シリーズ化を狙ってるのか?と思っていたのだが、どうやら原作からして既に尻切れトンボな作品らしい。
というのも、本作の原作小説は『ハウルの動く城』の原作者であるダイアナ・ウィン・ジョーンズの遺作。
ジョーンズは病床の中本作の執筆を続けていたが、志半ばで他界してしまう。
やむを得ない事情から、不完全な物語になってしまった訳です。
そういう事情なので、原作が不完全なのはわかる。
でも、映像化するにあたり脚本家が手を加えて補強することは出来たはず。
そうすればこんな未完成な作品にならなかったと思う。
ギャグやキャラクターは面白いので、割と楽しい作品ではある。でも、やっぱり脚本が勿体無い。
ここから後の物語を、オリジナル・ストーリーとして描いていくことでシリーズ化するのであれば、その第1作としての価値は十分にあると思うが、そうでなければちょっと失敗作なんじゃ…💦