劇場公開日 2021年1月29日

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「綾野剛の「目」に痺れた。「ヤクザと家族」はヤクザ映画と家族映画のハイブリッドだ。」ヤクザと家族 The Family じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5綾野剛の「目」に痺れた。「ヤクザと家族」はヤクザ映画と家族映画のハイブリッドだ。

2021年3月21日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

綾野剛の目がいい。
それに尽きると思う。
(あとから、同じことを舘ひろしも言っていたと知った)

題材的には、東映任侠映画を換骨奪胎して、ウェルメイドな家族映画に落とし込んだような印象。
まあ昔のヤクザ映画やVシネマは、カットや作りも荒っぽいぶん粗さも気にならないし、勢いとノリで楽しく観られちゃう部分もあるんだが、これだけ丁寧に作りこんであると、逆にいろいろ気になるところも出てきたりして、そこはなかなか難しいもんである。

一番気になるのは、「合間の日常」がきれいさっぱり欠落しているところか。
たとえば、オヤジとケン坊の出逢いは鮮烈だが、そこからいっぱしのヤクザになるまでは、一足飛びだ。
ユキとケン坊の出逢いも鮮烈だが、そこからすぐに入所して14年後に出所するまでは、一足飛びだ。
物語を動かすきっかけになるイベントは、それぞれ十分に完成度が高いし、セリフもよく練られているのだが、合間のどうでもいい「一緒に何かをやるカット」が(おそらく敢えて)抜いてあるので、「設定」しか頭に入ってこない。キャラクター間の絆が醸成されない。あとの感情移入は、シナリオやカットではなく、役者の演技と、観客側の寄り添う姿勢で補ってくれというスタンスだ。
それでも、別れがあったり、死があったりするので、十分胸を打つし、それなりに泣けもするのだが、「意外に軽量級」な映画だというのが、正直な感想だった。
まあ、これだけ間をすっ飛ばして作っても、2時間以上あるわけで、しょうがないっていえばしょうがないんだろうけど。

あと、出所後の展開については、もちろん綿密な取材に基づくヤクザの現実に則してはいるのだろうが、家族がヤクザだとわかって、職場がああいう雰囲気になるとか、学校がああいう雰囲気になるとか、その結果として家族がああせざるをえないとか、舎弟がケン坊にああしてしまうとか、すべてが若干、物語上都合がよすぎるというか、ステロタイプというか、絵空事のような印象も否めなかった(自分が80年代に関西で生まれ育って、関東に来てからもう20年以上になるので、令和の反社をとりまく空気感がわかっていないだけかもしれないが)。SNSの話とかも、真実味のあった『ミセス・ノイジィ』あたりと比べると、面白動画でもないのにあれがそこまでバズるとか、どういうシチュエイションだろうね、みたいな気もしたり。

「ヤクザ映画の型を脱して、リアルな人間像を描く」目標を掲げた映画であるにもかかわらず、実際には「ヤクザ映画のクリシェをリファインする」作業にはきわめて長けている一方で、(物語と直接かかわらない)リアルな人間描写を尺と演出上の自己都合でことごとく排している、というのは、やはりなにがしかの自己矛盾をきたしているとは思うんだよなあ。
あと、世代的に「近くのおじさんがヤクザ」という、僕の少年時代には身近にあった環境を知らない世代の監督さんが、「ヤクザ映画」の知識と、「現実の取材」をもとに撮っているということで、どうしても体感的な生々しさが薄れてしまう部分はあるのだろう。

とはいえ。
全体としてはとても面白く見られたし、最初に書いたとおり、綾野剛の演技はすばらしかった。
舘ひろしは舘ひろしでしかなかったが、キャラクター込みで成立している部分もあって、ぎりぎりのところでセルフパロディからは踏みとどまっていた。
むしろ、置き物として配された菅田俊と康すおんが、事務所のリアリティを一手に引き受けていたような(笑)。
豊原功補と駿河太郎の、憎々し気な敵対組織の組長と若頭も、ハマり役。
尾野真千子は大学生をやるにはさすがに老けていたが、ちゃんとセリフでいじられていて笑ってしまった。
各シーンの撮り方やレイアウトも、ダイナミックなのに、流麗で、緻密。
よく考えられている。
映像を隙なく仕上げ、画面に情感と情報をこめる映画職人としての藤井監督の技量は、たしかなものだ。

じつは、『新聞記者』は題材がさすがに気持ち悪すぎてスルーしてしまったのだが(申しわけない)、テレビで『100万円の女たち』を観たときから、この監督はモノが違うとずっと思ってきた。
そういえば、藤井監督も、綾野剛も、映画番宣のインタビューで、しきりに「世間では社会派と言われるけどそうじゃない。映画的正義を振りかざして問題提起してるわけじゃない。現実を描いているだけ、人間を描けば社会も描くことになるだけ」といったことを強調していた。ちょっと気の毒ではあるが、今後もしばらくは『新聞記者』のバイアスと闘い、中和していくしかないのだろう。でも、そのへん、「ちゃんとした」監督さんだというのはこちらも重々わかっているつもりです。

なお、作中で声高には語られていないが、主人公や組構成員の名前、彼らがたむろしている行きつけが焼き肉屋で、そこの死んだ亭主が組の幹部だったことなどから見て、本作は裏テーマとして、単なる「ヤクザ」の問題ではなく、よるべなく生きる「在日ヤクザ」の問題を描いていることは間違いない。
その意味で、河村プロデュースのSTAR SANDS作品でいえば『かぞくのくに』、藤井監督の好きな映画でいえば行定勲監督の『GO』あたりの流れをさりげなく汲む作品であることも、頭の片隅に置いて鑑賞するといいのではないかと思う。

じゃい