「マイルスはクールの象徴だった」マイルス・デイヴィス クールの誕生 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)
マイルスはクールの象徴だった
若かった頃の僕のなかでのマイルスの印象は、この映画でも映される晩年のちょっとサイケデリックなものだった。生野菜の旨さを知らなかったようにジャズの良さもわからなかったし、ましてや、ファンキーなファッションのマイルスがTVに出てても、なんだかイカれたオッサンがちまちまラッパ吹いてる、としか思えなかった。
歳をとってビル・エバンスやチャーリー・パーカーを聴けるようになってからマイルスを改めて聴いたとき、その洗練さに、目から鱗が落ちた気持ちになった。なんだこのカッコよさは??と。まず、そんな滅茶苦茶カッコいいマイルスが存分に出てくる。クールで、スタイリッシュで、エレガント。ソフトで、メロウで、センシティブ。猛禽類の獰猛な眼差しでいながら、愛をささやくようなメロディー。こりゃあ確かに夢中になるわ。
でも、彼も人種の壁にぶち当たる。おそらくマイルスを殴った白人警官は、人々を夢中にさせている黒人トランぺッターなんてもともと興味がなかったのだろう。もし知っていたとしたらかえって厄介で、それは憎しみの対象でしかなかったはず。だから排除されようとしたのだ。何を成しても、むしろ有名になるほど、差別の現実に打ちひしがれたマイルス。なんだか「グリーンブック」のような話だ。
それからのコカイン中毒はもはや、成功したミュージシャンの規定路線かよ、と残念な思いになった。裏返せば、それだけ追い詰められていたんだろうけど。
全編にわたり登場する、マイルスの人生を語る友人たちと幾人もの恋人。今まで知らなかったマイルスの人間味を存分に堪能できた。黒人社会にとって、ビシッとスーツを着こなして颯爽と人生を闊歩するマイルスがどれほど誇りであったろう。その支持は、晩年明らかに毛色が変わった音楽を奏でていても変わらなかった。でも僕にとっては、やはりクールな彼のままでいて欲しかったけど。