「素晴らしい心理描写」おろかもの R41さんの映画レビュー(感想・評価)
素晴らしい心理描写
グランプリを受賞するだけに価値のある作品
女性たちの心理描写の実態をとてもよく表現している。
この作品の至る所に出てくるのが「どうしたいの?」という暗黙の質問
その「どうしたいの?」か、自分でも言葉にできないモヤモヤ感をうまく表現している。
物語という性質上、主人公が行動する「動機」が明確でなければならないという暗黙のルールがある。
しかし、実際人間とはその動機に対する抵抗や穏便に済ませたいがための取り繕い、または事なかれ主義的な行動になりがちだ。
そして基本的に多いのが、それを知ったからと言って、どうしていいかわからないものだということだろう。
この作品は登場人物たちの迷いや葛藤や言葉にできない感情に焦点を当て、「どうしたいの?」について描いている稀有な作品だ。
タカギケンジ 主人公ヨウコの兄
浮気癖 結婚を間近に控えながら続けている浮気
兄を尾行するヨウコ
兄の幸せ 新しい家族への脅威 浮気相手ミサへの断罪
ヨウコの頭の中には「言葉にできない」様々なネガティブ要素があったのだろう。
「これ以上好き勝手にさせない」
そんなことを思いつつミサに接触する。
「どうして兄と浮気しているんですか?」
「好きだから 愛しているから」
言い訳するのかと思ったらストレートに答えられ、逆に言葉を失う。
自宅に来て婚約者カホのエプロンを着けるミサの心境を考えるようになるヨウコ。
ヨウコはミサの心理状態を知りたいと思ったのだろう。
大人の女性への興味
特に女子高のヨウコにとって、ミサの心理はとてもミステリアスで興味深かったのだろう。
ミサの気持ちはごく自然で当たり前だと共感する。
次第に打ち解けだすと、ヨウコの中にミサに対する応援の気持ちが芽生えた。
「結婚式、止めてみます?」
ここにも「どうしたいの?」が隠れている。
ミサも自分自身がどうしたいのかなどはっきりわからない。
ケンジが結婚するのを知りながら会い続けている自分自身の気持ちがはっきりしない。
心のどこかでケンジが結婚するとは信じていないのかもしれない。
ヨウコにそう言われたことで、ミサの中に新しい選択肢ができた。
さて、
ヨウコはまだ打ち解けていないカホよりも、ミサを選択するという興味が芽生える。
しかし、ミサと一緒に脅迫文を送りつけても、カホは動じない。
ミサはカホの仕事場に押し掛けたが、やはりカホは動じなかった。
ヨウコの部屋のPC画面 ケンジとミサの密会写真
カホはそれを見てしまう。
「浮気には気づいていたけど、何もしない ケンジだって我慢してきたことがある」というカホに、ヨウコはまた新しい大人の女性の考え方を知る。
脅迫文や店にミサが来ても動じなかったのは、「ケンジが本当に欲しいものを彼女は持っていないと思う」から。
カホの確信的な言葉 頭をよぎるカホとミサの料理の違い
でも、「ミサは悪い人じゃない」
最終的に「ケンジが全部悪い」で一致する。
「憎い時期もあった」 カホの心の変遷
「家族になりたい」 カホの明確なビジョン
カホには「どうしたいのか?」が明確になっているのだ。
この「どうしたいのか?」があやふやなミサやヨウコは、カホの敵ではない。
ヨウコによってどうしたいのか次第にはっきりしてくるミサは「結婚して」と懇願するが、「ゴメン。これで終わりにしよう」と言われてしまう。
しかし、
墓参りでヨウコが兄に対し、「私、兄ちゃんのこと嫌いになりたくないんだよ」と言ってケンジの胸を思いっきり殴るシーンに心が動かされた。
ヨウコの本気 本音 「おろかもの」の兄に対する怒り
このシーンだけでタイトルを表現している。
さて、
ミサは自分の気持ちをようやく理解したとき、ヨウコから「やっぱり結婚式を邪魔するのはやめましょう」と言われる。
「そうやってあんたたちだけで仲良く家族ごっこするつもり?」
「家族ごっこ? そっちこそ恋愛ごっこじゃん」
リベンジポルノ 結婚式を邪魔するためのツール
一人でそれを見るミサ
涙の意味は、あのころが一番幸せだったのと、今はもうそんなものはなくなったと気づいたから。
ヨウコは友人から「どうしたいの?」と尋ねられるが、答えられない。
ミサからのメールで「結婚式には顔を出します」にもどうしていいのかわからない。
そして結婚式に真っ赤なドレスで乗り込んできたミサ
みなの注目を浴びる。
狼狽えるケンジ
しかし、カホはミサの前に立ちふさがった。
その動じない強い意志に圧倒されて動けなくなるミサ
それでも意を決して一歩踏み出すと、ヨウコが手を差し伸べた。
そしてミサを連れ外へと行く。
ドアの前で二人を見るシーンは印象的だ。
笑うヨウコと無表情のミサ
ヨウコは「おろかもの」の兄に多少の罰を与えられた気持ちがあったのだろう。
動じないカホには効果はないが、動揺する兄に対しては十分だった。
外に飛び出して走っているときもミサの表情は硬い。
そして「おなかが減った」という言葉が出た時、ようやく落ち着きを取り戻せたのだろう。
「中華」
この作品で初めて登場したジャンル
それは新しさを意味するのだろう。
今までとは全く違った気分
ヨウコも自分自身どうしていいのかわからないままミサを外に連れ出した。
でも妹が兄の結婚式をボイコットしたことがどこか爽やかな気分になったのだろう。
結局どうしていいかわからないままだったが、ミサも吹っ切れた様子で、争いの種をまいたヨウコ自身もホッとしたのだろう。
すべてが微妙だが、落ち着ける場所にすべてが落ち着いた感覚があった。
この女性たちの微妙な関係と微妙な心理描写が実によく描かれている。
その1点に焦点を絞り込んだ作品
とても素晴らしかった。