「誰も救われないハッピーエンド」空白 といぼ:レビューが長い人さんの映画レビュー(感想・評価)
誰も救われないハッピーエンド
公開当時、多くの映画レビュアーさんが大絶賛していた本作。
近所の映画館では上映していなかったため、ずいぶん遅れての鑑賞です。
結論ですが、これ本当に面白かったです。ストーリーも脚本も演技も演出も映像も、全ての面において隙が無い映画でした。公開当時に観ていたなら、間違いなく2021年の個人的年間ベスト3には入ったであろう大傑作です。
重い内容だけに人に勧めづらいところはありますが、観られて良かったと思います。
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父から引き継いだ小さなスーパーを経営する青柳直人(松坂桃李)は、陳列棚から化粧品を万引きしようとする女子高生を発見する。直人は彼女の腕を掴んでバ
ックヤードに連行したが、彼女は店から逃走してしまう。彼女が直人の追跡を振り切るために道路に飛び出したところ、死角から出てきた二台の車に立て続に轢かれて亡くなってしまった。彼女の父親である添田充(古田新太)は、「うちの娘が万引きなんかするはずがない」として怒りを露にし、直人を追い詰めていく。
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実に絶妙なストーリー設定により、加害者と被害者の入れ替わりが目まぐるしく描かれます。
全員が加害者であり、全員が被害者のような見え方がします。本作の中で完全なる被害者と呼べるのは自殺した運転手の母親くらいではないでしょうか。
本作のタイトルである『空白』が何を指す言葉なのか、解釈は人それぞれ分かれるところではありますが、私は「花音が本当に万引きしたのかどうか」が、この物語の中での一番の『空白』だったと感じます。
結局映画の最後まで、花音が万引きしたのかどうかは分かりません。花音の部屋から化粧品が出てくる下りはありましたが、あれが果たして万引きしたものなのか自分で買って隠していたものなのかは分かりません。青柳が花音をバックヤードに連れていくシーンは花音が万引きしたようにもしていないようにも見える絶妙な撮影がされていますし、バックヤードに連行されたすぐ後のシーンは花音が逃げ出すシーンで、バックヤードで何が行われていたかは全く分からない構成になっています。
この『空白』のシーンがあるからこそ、この物語は加害者と被害者が渾然一体となった不思議なストーリーとなっています。花音が万引きをしていた/していないが明確になってしまえば、この物語は成立しないでしょう。
救いようのないストーリーでありながら、最後には添田も青柳も少し希望を残したラストとなっています。パンドラの箱みたい。
映画終盤、スーパーが閉店して道路工事の交通誘導員をしていた青柳の元に現れた一人の青年。この青年の一言で、私は非常に感動して泣きそうになりました。素晴らしいシーンでした。
全体的に暗くて沈んだ雰囲気の映画であるため好き嫌いは分かれるとは思いますが、私は今年観た映画の中では間違いなく五本指に入るくらい大好きな映画になりました。オススメです!!