「イルカ雲」空白 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
イルカ雲
恐ろしかった。
哀しくもあった。
怒りすら沸いた。
次第に人の温もりを感じていった。
そして最後は感動した。
あらゆる感情が揺さぶられた。
事の発端は小さな事故。
が、当事者たちにとっては大きな事件…。
漁港のある町。
漁師の充は口が悪く、荒々しい性格。
中学生の娘・花音と2人暮らしだが、無関心。ある夜、娘から何か話事があったにも関わらず、聞いてやる事も無く。
そんな娘が突然、死んだ。
スーパーで万引きの疑いを掛けられ、追い掛けて来たスーパーの店長・青柳から逃げようとした所を車とトラックに轢かれて…。(これは酷すぎる…)
若い命はここで終わったが、物語はここから始まる…。
娘を失った父。
責任に押し潰されるスーパー店長。
庇うパートおばさん。
充の元妻。
最初に花音を轢いた若い女性。
花音の通う中学校、担任。
マスコミ…。
その文字の如く、波紋が拡がっていく…。
渦中に居るのは言うまでもなく、充。
本来ならば、悲劇の父。ぐちゃぐちゃになった娘の遺体と対面した時の嗚咽など、嘘偽りの無い感情だろう。
が、前述の通り充は気性が荒い。ずっと無関心だった娘の近辺を調べ始める。学校でいじめはなかったか。
とりわけ矛先が向けられたのは、スーパーと店長の青柳自身。
本当に娘は万引きしたのか。青柳の対応に否はなかったのか。
徹底的に、徹底的に!
娘を失った父親の悲しみや怒りは分かる。(でも、こんな事を充の前で言ったら激怒されるから要注意!)
しかしこれは、生前無関心だった娘への罪滅ぼしになるのだろうか…?
ただ自分のやり場の無い苛立ちを当たり散らしているにしか思えなかった。
その行為はどんどんエスカレートしていく。
学校へは半ば脅し。
スーパーには営業妨害。
青柳本人には嫌がらせ、ストーカー的な行為。
さらにはすぐカッとなる性格が災いして、“暴力行為”とマスコミに報じられてしまう…。
悲劇の父親から一転、キチ○イ親父。
それでも充の常軌を逸した暴走は止まらない。
充を単なる悲劇の父親ではなく、嫌悪や哀れも抱かせる描き方が秀逸。
人は誰だって、良くも悪くも、様々な顔、複雑な感情がある。
それは他の登場人物にも言える。
青柳。
急死した父親の跡を継いで店長に。
物静かで真面目。好青年。
しかし、それ故に…。
終始おどおどし、相手の目を見て話す事も出来ず、言いたい事もはっきり言えない。
唯一繰り返すのは、ただ一つ。
すいません、すいません、すいません、すいませんでした…。
それがまた充の怒りに油を注ぐ。
嘘か真か、充は青柳のあらぬ噂を掴む。
娘に何をした!本当の事を言え!
小市民…いや、小心者の青柳。精神的に追い詰められていく。
一人の少女を死に至らしめ、責められる立場の青柳。
弱々しい姿は同情的でもある。
その根暗な性格が災いして、無愛想。何考えてるか分からない。
見てて苛々もしてくる。
ある時、遂にブチ切れる。八つ当たりする。そりゃあこんなに追い詰められた時に、特選のり弁が普通ののり弁だったらキレるよ。(でもその後すぐ謝罪)
ある時、胸の内をさらけ出す。何もかも苦しい、と。
よくこういう時、気持ちや心を強く持って、と言うが、誰しも出来る訳ではない。弱い者だって、居るんだよ…。
パートのおばさん、草加部がまさにそう。支える所か、お節介。充とは別の意味で存在が重い。彼女は彼女で青柳に特別な感情を…。
充の元妻、翔子。離婚後も花音とは連絡を取り合い、娘の死を悲しむ。充の暴走を制止しようとするが、彼女は現夫との子を妊娠中で、娘を失ったばかりの充にとって癇に障る。
最初に花音を轢いた若い女性。彼女も責任を重く感じ、充の元へ何度も何度も謝罪に訪れるのだが…。
学校ではおとなしく目立たなかったという。それを努力してないと咎めた担任。しかし今にして思えば、彼女なりに努力していたのでは…? 適切な指導だったのか、行き過ぎた指導だったのか…?
いじめは無かったと報告しても一向に引き下がらない充。困った学校側は青柳に関するある噂を吹聴する。充を学校から追い払う嘘なのは明白。…いや、物言いはっきりしない青柳が隠しているだけなのか? そもそもの始まり、万引きも含め、何が本当で、何が嘘なのか、もはや分からない。
そして、周囲を嗅ぎ回り、ネタの為なら真実を歪めた悪質な報道だってするいつもながらのマス○ミ…。
彼らが見せる怒り哀しみ、罪悪感、喪失、やり過ぎ…埋められぬ“空白”が虚しい。
しかし、皆が魅せる渾身の熱演には心震えた!
個性派だけど、映画やTVドラマでは助演が多く。バラエティーではおっさん…? が、
古田新太、こんなに素晴らしい役者だったとは…!
その演技、その存在感から一瞬足りとも目が離せない。
この夏はワイルドな孤狼の漢を魅せた松坂桃李だが、半年も経たずして180度違う役柄。その役の振り幅に驚かされると同時に、本当に同世代ピカイチの演技派。
寺島しのぶのウザさ、田畑智子の人間臭さ、巧さは言うまでもない。
充の船に乗る若い漁師・龍馬役の藤原季節も良かった。当初はすぐ怒鳴る充を毛嫌い。が、周囲が充を叩き始めると充を理解し擁護する。徐々に交流を深めていく充と龍馬…。あるシーンで龍馬に守られた時の、充の表情が忘れ難い。
そして、片岡礼子。あるワンシーンで鮮烈な印象を残した。
皆が魅せる渾身の熱演、最上級のアンサンブル!
怒りでしかこの悲しみを発散する事が出来なかった充が変わり始めたのは、あの出来事だったと思う。
ある人物が自ら命を絶った。最初に花音を轢いた若い女性であった。
その女性は母親と共に何度も何度も充の元を訪れ謝罪を申し出るが、充は一切無視。充の攻撃の矛先は、青柳。
謝罪すら受け入れて貰えない…これって責任を重く感じている者にとっては辛い事。さらに、その女性は心優しく、繊細で…。
責任、重さ、辛さ、悩み、苦しみ…それら全てに堪え切れず。
葬儀。充が現れる。喧嘩腰。元々の原因はテメェら。
女性の母親(片岡礼子)が対応するのだが、この母親の言葉が充の胸に響いた。
同じ娘を亡くした親として。
それまでは娘に何があったか、娘の死の原因ばかりを探ろうとしていた充。
娘と直に向き合い、無関心だった娘本人を知ろうとする。
そうか、娘は美術の高校に行きたかったのか…。
画を描いてみる。チョー下手だけど。娘の顔…? イルカ雲…?
娘が好きだった少女漫画も読んでみる。よく分かんねぇ。
しかしある時、娘の部屋から見つけてしまう。
娘は本当に…。
俺は娘を信じる余り、間違っていたのか…?
決してただのイイ着地に終わらない。
各々が抱えた空白の先に…
青柳は一連の発端者でもあり被害者。何もかも失った。今すぐは無理かもしれない。でも、彼にも、きっと…。
草加部。確かにお節介。でも、誰かの力になりたい根はイイ人なのだ。そんな彼女も、きっと…。
翔子。娘を失った悲しみは消えない。が、これから産まれてくる新しい生命と共に、彼女にも、きっと…。
いつか皆、救われる日が。きっと…。
そして、充。
翔子に対してぶっきらぼうだった彼が掛けた言葉。
思わぬ場所で青柳と再会。今の彼なりの誠意を伝える。
担任が学校にあった遺品を持ってくる。
それは、娘から父への贈り物と言っていい。
やはり、父娘。同じものを見ていた。
イルカ雲。
空と白。
以前の作風は人を滑稽かつ、愛おしく。
近年は人の本質を抉るように。
本作ではヒリヒリとするような始まりから、まさか感動で終わるとは…!
しかもこれを、2時間弱で収め、オリジナル脚本で。
新作を発表する事に“最高傑作”を更新。
本作は紛れもない。
𠮷田恵輔監督最高傑作!
…だけに留まらない。
『ヤクザと家族』『浜の朝日の嘘つきどもと』『孤狼の血 LEVEL2』『シン・エヴァ』と並び、今年の邦画のBEST級。
今年の邦画は凄いぞ!
(まだ見てない『すばらしき世界』もあるし)