瞽女 GOZEのレビュー・感想・評価
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おしん
まるで「おしん」!そんなに厳しい修行ってのは知らなかったぞ。少女時代に厳しいフジ親方の弟子になったハル。単なるイジメやん・・・だけど、本物のハルさんはそれがいい体験になったと思い出してるんでしょうね。盲目というハンディを背負った者の世を生き抜く力を与えてくれたんでしょう。
母親も夫が死んでからは鬼になったかのように躾をする。裁縫だって自分でやらなければならない。「みずとおし」?水通しでネット検索しても出てこないところからすると、「見ず通し」の意味なのかな・・・わからん。
そんなこんなで16歳のときに休養して新たなサワ親方についたハル。このサワさんがいい人過ぎて泣けてくる。小林綾子だったというサプライズもあり、やっぱりおしん時代に得た優しさから来てるんでしょうか。
全体的にはセミドキュメンタリーみたいな雰囲気で小林ハルの一生を描いていたけど、演技の面ではあまり魅力を感じられず、ノンフィクションであることを頭に描きながら見てしまいました。もっとえげつない親方に酷い仕打ちをされたシーンが大木の裏だったこともあり、声だけの演出!どこをいたぶってるんだろう・・・というのは後の医師との会話でわかる。おぞましい。声だけでも痛い・・・
切ない
ゴゼとして壮絶な人生を105歳まで生きた小林ハル
三味線を奏で、唄いながら、各地を巡業する盲目の女旅芸人・瞽女(ゴゼ)。国の無形文化財保持者で最後の瞽女、故・小林ハルさんの半生を描いたもの。
生後すぐに目が見えない事が判ったハルは、2歳の時に父と死別し、盲目でも一人で生きて行けるようにと7歳で瞽女になった。ハルが瞽女になる事が決まると、やさしかった母は、心を鬼にしてハルを厳しくしつける。母親の深い愛情に気づかぬまま、ハルは8歳でフジ親方とともに巡業に出た。瞽女として過酷な人生を歩んだハルは、フジ親方から瞽女として生きる力を、サワ親方から優しさを教えられ、一人前の瞽女として成長していったという話。
目が見える人を目が明るい、目が見えない人を目が暗いと言うことを知った。目が暗いからメクラなのかと。
ハルの子役川北のんが可愛かった。
目が見えなくても針に糸を通すなど裁縫が必要だったとは、厳しい時代だったんだと判った。
96歳の時の小林ハルさんの素晴らしい三味線と唄が聴け、もっと若い時はもっと素晴らしかったのだろうかと気になった。
小林ハルさんの圧巻の唄声!
障害年金の必要性
財産になる作品
この作品を通じて初めて瞽女(ごぜ)の存在を知りました。生まれながらにして盲目と言うハンデを背負って生きていく主人公の壮絶な生き様には本当に衝撃を受けた。母と娘の究極の慈愛が心に染みて前半から思わず目頭が熱くなりました。
これから生きていくうえで自らの財産になる作品でありこの作品に出会えたことに感謝します。
瞽女力は人生を豊かにするの言葉通りに小林ハルさんの名言が強く心に残りました。
「良い人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修行」
「次の世には虫になってもよい、明るいさへもって生まれてきたい」
「その運命を恨まず、人の幸せを妬まず、人を差別せず、人に楽しみを与える」
2020-207
良い人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修行
昭和の頃までは、まだ盲人の旅芸人が存在した。かの津軽三味線の高橋竹山氏もそうだ。娯楽のない地方の農民たちは彼らの来訪を待ち望んでいただろう。今では成立しないエンタメだ。また、様々な話を聞くことも楽しみだったに違いない。それは富山の売薬さんたちに求められたものと同じだ。それゆえに、望まれるものにはその喜びと使命感があった。
集落の皆が集まって、純粋に瞽女さんたちの歌に聴き惚れる渇望感。それは、かつて日本の農村が貧しかった風景そのものなのだけど、そこには心の豊かさを感じるのだよなあ。
この映画は、最後の瞽女と呼ばれた小林ハルさんの物語。真実がどこまでかは知れないが、その過酷な人生にそう差異はあるまい。はじめの親方は厳しかった。しかも、イジメもあった。それでも、彼女は母の戒めを胸に耐えた。そのご褒美のような二人目の親方。しかし、そのあとに・・。禍福はあざなえる縄の如しとはまさにこれ。苦労を修行と心得て、幸せを祭りと楽しむ。その信条のように。そしてある時気付くのだ、母の慈愛の言葉を。鬼となった母の、深い愛を。
物語の演出の良さもさることながら、役者陣の皆さんの素晴らしさ。端役で出てくる何人もの有名役者も含め、おひとり、おひとり、真摯に役に没頭するその姿の気高ささえ漂っていた。
【”次の世には虫になってもよい、明るい目さえ持って生まれてきたい・・” 現代社会の福祉の礎になった女性達が懸命に生きる姿を描いた作品。】
■「瞽女」:三味線を弾き、独特の唄を披露しながら各地を回る盲目の女性旅芸人。彼女たちは、村人たちにとっては、唄で束の間の娯楽を提供してくれ、且つ重要な各地間の情報伝達を担う貴重な存在であった。
・新潟県で生まれた小林ハルさんは、幼年期に失明してしまったが、母親トメの”娘の将来を想って”鬼のようにハルを厳しく躾る。
ーもう、最初っから小さなハルさんの健気な姿が染みてしまう。
小さな針穴に”全身を目にして”糸を通す練習をする姿。
雪の中、草鞋に素足で、川に向かって唄う”寒声”で、声を鍛える姿・・。ー
・そして、ハルは小さいながらも、瞽女として、いじわるで食べ物に執着するフジ親方に鍛えられる。
村に着いたら、庄屋さんの家に行って挨拶をしてから”門付け”に出掛けるハル達。礼儀正しい彼女たちには、村人たちも基本的に優しい。
けれど、トメが若くして亡くなった時も(父は既に早逝している・・)ハルは泣かない・・。
ートメの想いが届いていない・・。-
・その後、優しいサワ親方(小林綾子:東北でタイヘンな経験をする少女と言えば、この人ですよね・・)についたハルは楽しい旅巡業を続けるが、幸せは長くは続かず・・。
ー怒涛のごとく襲い掛かる不幸の数々・・。”もう、止めてあげて!”-
・ハルは親方になり、小さなハナヨを弟子として受け入れ、且つて自らが母に躾けられたように、ハナヨを厳しく躾けるが・・ふと、ハナヨの姿が且つての自分の幼き姿とダブって見え・・。
ー漸くハルに届いた亡き母、トメの想い・・。沁みます・・。ー
<厳しい日々を、笑顔を浮かべて懸命に生きるハルの姿、歌声が心に響く。
今は無き「瞽女」の存在を、世に知らしめたと言う民俗学的な意味を考えても、意義ある作品である。>
<2020年11月8日 刈谷日劇にて鑑賞>
つい最近まで日本は貧しく、そして豊かだった。
映画の構成はちょっと。。なところもあるのですが、瞽女と呼ばれる盲目の演奏家を知れた。
つい最近のような70年代まで、風雪に耐えながら山野を歩いてひたすら旅をしながら三味線を奏で歌を歌う。
高度経済成長期の恩恵にも浴さず、日本人が忘れ去ろうとしている障害と共に生きる術をつい最近まで守り、生きるために必死にひたすら続けた人達がいたことに感動しました。
母に鬼のような躾を受け、親方には死ぬほどの修行を強要され、仲間にさえ意地悪をされ、子供の産めない体にまでされ、言われなく蔑ずまれ、差別され、騙され、弟子にまで食い物にされ、引き取り育てた養女にまで冷遇され、どうしてここまで不幸を背負い続けなければならないのか。
母の死に目では、鬼としか思えない母の死に、涙一つこぼす事はなかった。
しかし、数十年後、引き取った養女にその養女が一人で生きていけるための厳しい躾と稽古をしていた時、ふと自分も母と同じことをしていることに気付き、母が自分を誰よりも愛していたことに今更ながら気付き、涙を流す。
全ての運命をを受けいれ続け、誰にも頼らず、誰をも妬まず、その運命をひたすら受け入れ続けられたのは
きっと母の苦しみを理解し、その教えを守りたかったのではないかと思う。
娘にも家族にも鬼と恨まれても娘が生きていくために歯を食いしばって厳しく育てた、そんな小さい娘を残して心配で死にきれなかったろう母の愛、どんなに辛い運命も受け入れ続けたことが、母の愛に気付いたからこそ、その愛に気付けなかったからこそ、自分を許せず自らへの罰だったのだとしたら、もうそんなに苦労しなくても良いんだと抱きしめたくなる。
血の涙を流すような母の愛も、死んだ母の教えを必死に守る娘の姿も、もうすぐ全てが消え去ってしまう物なのだろう。
でも、親子のその生き方を同じ日本人として尊敬するとともに、自らを恥じるばかり、少しでも次世代に残さなければと思う。
良い人との旅は祭り、悪い人との旅は修行、残りの人生をこの言葉を心に生きていきたいと思いました。
そして、その瞽女を国宝とする度量がこの日本という国にあった。そこに少しだけ光を見ました。
埋もれさせるには勿体ない作品
瞽女さんの事を恥ずかしながら本作で初めて知りました。ハンディを持って生まれてきた子供を自立させるひとつの方法として唄があったんですね。その唄は、庶民の日々の暮らしに楽しみや彩りを与えた。芸術の持つパワーやハンディのある女性が置かれていた環境を描いた作品として、沢山の人が勇気づけられる作品だと思います。
フジ親方や手引人の歪んだ人柄もサワ親方の仏の様な人柄も上手く描かれていて、人間はそう単純ではないですよね。目が見えないハンディによって受けた様々な出来事は人を歪ませる事もするし親切にもする。また、山を越えるって現代の登山服や登山靴を履いていてもハンディが無くても相当大変なのに、目が見えなくてあの格好でやっていたのが想像を超えます。他所の家を転々とするのも肉体的にも精神的にも相当な負担ですよね。
洋画では芸術家を描いた作品が良く公開されていますが、この日本でも伝統芸能を描いた作品が公開されてとても嬉しく思いました。しかも瞽女さんが主人公だなんて、埋もれさせるには勿体ない作品だと思います。貴重な日本文化を描いているので、国外でも評価をされる作品ではないでしょうか。
壮絶だった
良い。
涙腺を止められず。
光は半分闇も半分
「鬼」のような母の愛が、「人を妬まず、人を恨まず」とハルの強く優しい心を育てた
期待に違わない、いやそれ以上の魂を揺さぶられる、凄まじい傑作。
明治から大正、昭和へと日本が近代工業社会へと変貌するなかで封印されるようになった、近世の旅芸人や瞽女の文化や世界。
盲目の実娘がひとりでも生きていけるように、鬼の気迫で娘を育てる様は、母の愛と葛藤が画面を通じて伝わり、観ていてとても息苦しさを感じざるを得ない。
印象的なのは、瞽女さんたちを支えていきた「コミュニティ」の存在。それは近代化の波のなかで消失してしまった、地域的なもの、パブリックなものだ。障害を持つ方に対するインフラや道徳教育は現在のほうが進んでいるのかもしれない。しかし、彼らをサポートしていくような地域社会のなかでの寛容さは、今よりも近世の日本が持っていたような気がする。
あきらかに今の私たちは、生産性、効率性の名のもとに障害者を表舞台から遠ざけ、彼らとの距離をおいている。そのいきつく先が、2016年におきた相模原殺傷事件とネットでの不寛容な反応だ。それは社会的分断が顕在化する米国だけではなく、経済的なものだけではない精神的な日本社会の「貧しさ」。本作のようなテーマを歴史的なタブー扱いすることなく、社会に閉塞感のある今だからこそ私たちは過去と真摯に向き合う必要があるのでは。
作品のなかで気になったのは、全般的にナレーション箇所が多く丁寧すぎる点。瞽女さんの世界に疎い方が多いことを配慮してであればやむなしの措置か。
東京ではシネリーブル一館の上映だが、さらに上映館が増え多くの人に見てほしい作品。
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