「食い物の恨みは恐ろしい」ファースト・カウ ぺがもんさんの映画レビュー(感想・評価)
食い物の恨みは恐ろしい
映画は巨大な船が川を進むシーンから始まる。その川べりを犬と散歩する一人の女性。彼女がある物を見つけたところで、舞台は現代から一挙に開拓時代へ。そして同じ川を、小さな筏に乗せられた牛がゆっくりと運ばれてゆく。川が“流れゆく時”のメタファーだとすると、ここで時代は遡り、そこで育まれる時間が非常にゆったりとしたものであることを示しているのだろう。と同時に変わらない物として、森や大自然の美しさも対比させている。
一方で、川は“忘却”の隠喩でもある。今では西部劇として美化されてしまっているが、本作に登場する男たちは、テンガロンハットやカウボーイ・ブーツなど身につけない薄汚れた格好で、ヒーローとは程遠く小汚い姿である。描かれるのも乗馬ではなく、牛の乳搾りだ。そしてクッキーはユダヤ系、ルーは中国人というマイノリティな存在で、劇中ではネイティブ・アメリカンともごく普通に共生している。「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」でも描かれていた、これがこの時代の実態だったのであろう。(奇しくも両者にリリー・グラッドストーンが出演している)そして、こうした真実は全て忘れ去られているという現代アメリカへの風刺なのかもしれない。
しかし、本作のメインはやはり2人の友情物語。ユーモラスな出会いから、徐々にビジネスが軌道に乗っていく様は爽快なのだが、牛の所有者にバレてしまうのではないか、どちらか片方が欲に目がくらんで相棒を裏切るのではないかと、ハラハラドキドキしてしまう。
そして冒頭のあの場面。そことリンクするのだから大体の予想はつくのだが、肝心のそこへ繋がるシーンを飛ばしている。つまり、如何にそうなったかは観客の想像に委ねられているのだ。その上で同じく冒頭の「鳥には巣、蜘蛛には網、人には友情」というウィリアム・ブレイクの格言とも結びつき、静謐な感動をもたらすのである。