「しょせん「箱の中」。」ルース・エドガー bloodtrailさんの映画レビュー(感想・評価)
しょせん「箱の中」。
箱の中に差し込む光は、仄暗くあたりを照らす。光が当たる者でさえ、箱の外に出られる訳ではなく。出たところで幸せな生活が待っている訳でもなく。光の当たる周囲にいるものは、いたたまれない。
箱の中で生きる者たちが、足を引っ張り合う姿。足掻く姿。箱の存在など理解できない者たちが「愛」を語るしかない現状への絶望。
「優等生か怪物か」なんてサスペンス要素以前に、アメリカ社会の人種問題の生々しさが、ここ数年の同題材作品の中では、一番でした。
ルースは、光の当たる場所で己の心に反する欺瞞的な生き方をし、仄暗い場所で、自分の気持ちに従っているだけに過ぎないのであって。白人社会の優しさに感謝するスピーチをする一方で、箱の中で生活するジレンマから逃れるかのように、町の中をひた走る。
無駄だよ。どんなに懸命になったところで、しょせんは、箱の中からは出られないし、出ても満足感などなく、後悔するのがオチ。しょせんは、この先も、今まで通りに「箱の中の人生だ」。
って言ってるみたい。
「光」を意味する”Luce”はイタリア語で、発音は「ルーチェ」。「ルース」は同単語の英語読みで、女の子の名前である「ルーシー」も語源は同じだったりします。ルースの出生地であるエリトリアは元イタリア植民地。英国保護領、エチオピア支配の時代を経て1991年に独立。以来、「民主正義人民戦線」書記長であるイサイアス・アフェウェルキ大統領による独裁体制が継続しており、「アフリカの北朝鮮」と揶揄される国。北部海岸まで陸路を旅し、イタリア・ギリシャを目指そうとするボートピープルを生み出す「危機的な問題を抱える国」の一つです。ちなみに、イサイアス・アフェウェルキ大統領は、中国に留学と言う名目で招かれた支配者候補生の一人で、彼の独裁手法の根底には毛沢東思想があります。ルースは幼少期に「戦場に駆り出された経験」すらあると言う設定。彼のガールフレンドであるキム・ステファニーは、おそらくベトナム戦争時代の難民。現実にアメリカの一般の人の身の回りに在り得る状況設定は、この物語が全く現実性の無いものではないと感じさせてくれます。