「噛ませ犬が負け犬に堕ち…」アンダードッグ 前編 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
噛ませ犬が負け犬に堕ち…
『百円の恋』の監督・武正晴×脚本・足立紳のコンビで再び闘う、ボクシング映画。
前編131分、後編145分、合計276分の長尺。赤裸々で濃密な人間ドラマ、激しい濡れ場、白熱の試合…傑作『あゝ、荒野』を彷彿。
『百円の恋』はニート女子の拳闘劇だったが、こちらは4時間超えも納得の3人の“負け犬”の拳闘劇。
晃。
かつて日本王座に挑戦するも、惜しくも栄光に届かず。
以来それを引き摺ったままリングに上がり続け、試合は負け続きの“噛ませ犬”。
妻子とは別居中。ボロ平屋で老いた父と同居。
日々の稼ぎはデリヘルの運転手をして。
どん底の人生。
そんな晃に、TV番組の企画としてエキシビションの話が持ち込まれる…。
龍太。
期待の若手ボクサー。
才能に溢れ、連戦連勝。
妻は妊娠もしており、全てが順風満帆。
…が、彼が時折通う児童擁護施設。そこで見せる神妙な面持ち、秘められた暗い過去…。
ボクシングや人生に苦しみや葛藤を抱えていた…。
そして、何かと晃に絡んでくる…。
瞬。
ギャグは滑りまくり、テンションだけウザい全く売れないお笑い芸人。
交友関係は広く、自宅ではよくパーティー。
が、薬物疑惑が…。
大物俳優の父を持ち、確執あり。
薬物がバレたらアウト。父からは辞めろと耳にタコ。
芸人としても一人の人間としても崖っぷち。
そんな彼が挑むガチチャレンジ。
引退を懸けたボクシング。
その対戦相手が、晃…!
3人それぞれ、闘う理由や目的、見てくれる人、応援してくれる人がいる。
晃は今一度、リングの上で輝きたい。噛ませ犬なんて呼ばせない。息子が見ている。
龍太はある暗い過去を断ち切る為に。妻が支えてくれている。施設の子供たちが応援してくれている。
瞬は全てを懸け、人生をやり直す為に。サポートチームのバックアップ。恋人や父が見てくれている。
一人にだけ肩入れする事なんて出来ない。
ファイターそれぞれ闘う理由あってこそ話も試合も盛り上がる。
これこそ、ボクシング映画だ!
とは言っても、やはり主役は晃。
最後は彼に花を持たせるのかと思ったら、この前編でチャンピオンベルトに相応しかったのはまさかの瞬だった。
最初は好きになれなかった。本当におチャラけたただのバカ。
劇中の台詞を借りるなら、「ボクシング舐めるんじゃねーよ!」。
しかし3人の中で誰よりも、背水の陣で挑む。
今は落ちぶれたとは言え、相手はプロ。芸人チャレンジが勝てる見込みなど無い。
…いや、もはやおふざけの芸人チャレンジなどではない。本気の挑戦だ。
正直、怖い。
でも、ここでビビってたら、俺はずっと負け犬のまま。
やってやる!
ボクシング映画の醍醐味の一つは、役者陣の熱演とガチの身体作り、試合シーン。勿論それは本作でもたっぷり堪能出来る。
森山未來、北村匠海、勝地涼の3実力派。
北村はドラマ面で大きな見せ場があるのは後編になってからだとして、森山はさすがの名演。
しかし今回驚かされたのは、勝地。正直これまで映画/TVなどで印象に残るような代表作って無かったように思えるが、断言する。キャリアベスト!
3人は撮影半年前から鍛え上げ、見事なボクシング体型に。
また、同じトレーニング方法ではなく、役柄に沿ったボクシング技術を習得。
何もかも本格的!…いや、本気!
今回クライマックスを飾る試合は、晃vs瞬。
はっきり言って、プロvs芸人風情のアマチュア。勝負なんて分かり切っている。
そこでTV局側から持ち込まれた八百長。試合を面白くする為に、多少苦戦して、後はKOを。勿論それなりの報酬も。
腐ってもプロ。が、生活に困窮する晃は…。
一発二発食らって、ダウン。効いたフリ。場外から野次が飛ぶ。
見てられないかつて日本王座に挑んだ男の姿。
これで一応自分の仕事は終わった。楽々瞬をリングに沈める。
が…
八百長試合を知らぬは、瞬当の本人。
プロの拳をお見舞いされたのに、何度でも立ち上がってくる。挑んでくる。這い上がってくる。
何度もパンチされ、KOも一度や二度ではない。が、それでも、
やめる訳ねーだろ!
さすがに強烈なノックダウン。もう無理…。
人生やり直すんじゃなかったのか!?
立ち上がる!
その姿に、会場は熱狂。興奮。感動。
誰がここまでの試合を予想していただろうか。
単なる見世物が、白熱の試合に!
会場は完全に瞬の味方。
その瞬の姿に、誰よりも圧倒されたのは晃だろう。気迫さに恐れおののいたと言っていい。
瞬は最後まで闘い抜いた。
そんな瞬へ、会場は惜しみない賛辞の嵐。
観覧していた龍太も興奮の眼差し。
主役はもう瞬。
さながら、アポロと闘ったロッキーのよう。
かく言う自分も、そんな瞬の姿に目頭に熱いものが…。
…たった独りを除いては。
会場からは罵詈雑言。ボクシング舐めるんじゃねーよ!
セコンドやかつてのボクシング仲間からは、二度とボクシングするんじゃねーぞ!
噛ませ犬と言われ続けてきても、それでもボクシングにしがみ付いて来た。
が、今日の絶対的な敗北感。プロがアマチュア相手に醜態晒し…。
俺は噛ませ犬なんかじゃない。
俺は、負け犬なのか…?
立て! 立つんだ、晃!
後編予告編では、龍太とのある因縁闘い。
晃、遂に再起…!?
それまでに何が描かれるのか…?
さあ、後編も見るぞ!