劇場公開日 2021年4月9日

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「ひとつひとつのシーンに味わいがある」椿の庭 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ひとつひとつのシーンに味わいがある

2021年4月17日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 最初の映像から、舞台は鎌倉のあたりだと思った。
 海が見える丘の上の家。そして広い庭。庭にはたくさんの花が咲く。椿や躑躅、藤、紫陽花、それに蓮の花。景色を邪魔しない淡い色の花ばかりだ。絹子と孫の渚が住む古い家は、花の淡い色を邪魔しない。花も庭も家も控えめである。
 虫や小動物もいる。藤には熊蜂が飛び交う。熊蜂はよほど藤が好きなのだろう、普段は見かけないのに、藤棚が満開になると必ず飛び交っている。
 紫陽花の花の上にいるカマキリは何を考えているのだろうか。蓮が植わっている大きな鉢の水の中を覗くと赤いランチュウが泳いでいる。渚のお気に入りだ。ぱくぱくぱくぱく。

 時間がゆっくりと過ぎていく映画である。象徴的なシーンがあった。花があって蝶がとまる。カメラは動かない。きっと、蝶が花から離れて再び舞うまで動かないのだろうと思っていたら、その通りだった。
 スピーディに展開する最近の映画に慣れた人には冗長に感じるかもしれない。しかし決してテンポが悪いわけではない。ひとつひとつのシーンに味わいがあるのだ。蝶が飛ぶまで待つようにシーンを味わう。ときにはさっと過ぎてしまうシーンもある。その緩急が本作品の肝である。
 雨が降って花を散らしてしまう。来年にはまた花が咲くが、その花は散った花とは別の花だ。晴れた日には庭からの海の眺めが美しい。しかし美しさで食べていける訳ではない。
 時は流れ、人は歳を取り、ひとりふたりとこの世から去っていく。毎年のように咲く花を愛でる。花は散るから美しい。散った花びらが道を飾る。しかし椿は花びらを散らさない。散るときには花ごとポトリと落ちる。ある日突然落ちるのだ。

 女優生活が57年になる富司純子。常に着物で過ごす凛とした佇まいがシーンを引き締める。波乱万丈の女優人生が、主人公絹子の人生に重なるようだ。それは花の人生である。絹子は椿だ。散り際を悟り、万感の思いをこめた短い手紙を渚に宛てて書く。古い万年筆が紙を掻く音が耳に残る。

耶馬英彦