以前NHKーBSで放送されたTV版は短めに編集されていたので、どうしても劇場完全版が観たくなり、映画館に足を運んだ。
コロナ自粛明けでまだ観客も少ない静かなミニシアターの2列目で、いい歳こいたオッさんは号泣してしまい、エンドロールが終わってもしばらく席から立ち上がれなかった。
これほど強烈に心を打たれたドキュメンタリー映画はここ数年なかった。
中国は3年間住んだことがあるので、思い出深く愛着もあり、現地にはたくさんの友人もいて、彼ら彼女らのことは大好きだ。
しかしこの国が経済的にも技術的にも世界をリードする超大国になったとはいえ、各国から尊敬され信頼される真のリーダーになることは、今の一党独裁の体制が続く限り不可能だろう。
というより絶対そうなってはいけないと思う。
昨年アメリカをはじめ世界各地で沸き起こった人種差別への反対デモ。これは世界共通の問題でもあるが、民主主義の国々だからこそ、不条理な弾圧に対して恐れる事なく連帯して、自由に声を上げ、実際に行動することができる。
しかし中国共産党が長年にわたり国民に行なっている言論、思想の弾圧、少数民族への迫害は、自由に声を上げることすら出来ない。
その権力が目の前に立ちはだかった時、人々は自分の命や家族を守るため、怒りから目を背け、受け入れることしかできないのだ。
この作品は、妻を愛する物静かで平凡な男が不当な罪で捕らえられ、政府の監視と圧力に苦しみながらも、自由と正義を求めて闘う、まさに命がけの記録。
彼のSOSを偶然受け取ったアメリカ女性との心の交流も、深く胸を打つ。
そして自由と平和が当たり前にある自分たちが、何を見て、何に怒って、何に声を上げているのか、どんな信念を持っているのかを考えて、あまりに軽過ぎて恥ずかしく、いたたまれなくなった。
現在上映している映画館は全国でも数えるほどだが、きっとまたこの作品は日本のどこかで上映され続けると思う。重いテーマに中々食指が伸びない人もいるだろうが、孫毅の物腰や語り口は非常にソフトで心地好く、ストーリーも追い易いし、観始めればグイグイ引き込まるはず。
まだ私たちが知らない、世界で起きている信じがたい現実を、まずは知ることから始めてほしい。
これは心の底から、出来るだけ多くの人にお薦めしたい、いや、絶対観てほしい一本だ。