「「邪気のない悪意」に心底慄然とする作品。」82年生まれ、キム・ジヨン yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
「邪気のない悪意」に心底慄然とする作品。
原作はもちろん、韓国文学界のみならず日本でも大きな話題となった作品。監督のキム・ドヨンは本作が長編劇場映画の初監督だけど、手堅い演出と練り上げた脚本は、既に中堅監督の風格です。
物語の導入は小説とそれほど大きな違いはないのですが、やがて本作が、小説版では描ききれなかった、あるいは恐らく意図的に省略したであろう部分に、むしろ力を注いでいることが解ってきます。
例えばコン・ユ演じるジヨンの夫デヒュンは、仕事から帰ってきても家事や育児をこなすし、ジヨンの異変に気付いてからは、その解決方法を模索し、ジヨンに寄り添おうとします。つまりいわゆる「家庭的な良い夫」と見なされるような男性なのです。ジヨンとそりが合わず、辛く当たることもある義母もまた、ジヨンの身を心配して贈り物をするといった心配りをみせます。
本作はこうしたジヨンの周囲の人々が本来持っている「善の心」が、ジヨンにとって何の役にも立たないことを容赦なく見せつけます。むしろ彼らが基本的に善人であるからこそ、何気ない言動の中に潜む独りよがりや暗黙の要求が、ジヨンの心を蝕むのです。映像化されているからこそ感じるこの居心地の悪さと「邪気のない悪意」を、果たして我がこととして感じない人がいるでしょうか…。
小説版はジヨンを苛む要素がこのように善意の殻にくるんだ形で現れてはいなかったように思ったので、読み進めて辛いとは思っても、本作のように慄然とした感覚はありませんでした。これを意図して演出していたのなら、キム・ドヨン監督の手腕恐るべしです。
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