「【”セウォル号事故"を"忘却の彼方の事"にせず、骨太な社会的メッセージを発信しつつ、遺族が再生していく過程を丁寧に描いた映画。今作を世に出した、韓国映画製作陣の気骨と力量に唸らされた作品である。】」君の誕生日 NOBUさんの映画レビュー(感想・評価)
【”セウォル号事故"を"忘却の彼方の事"にせず、骨太な社会的メッセージを発信しつつ、遺族が再生していく過程を丁寧に描いた映画。今作を世に出した、韓国映画製作陣の気骨と力量に唸らされた作品である。】
■今作品の素晴らしき点
1.2014年に起こった多くの若者の命が海中に散ってしまった”セウォル号遭難事故”を扱いながらも、事故のシーンを一切描かずに、大切な子供を突然失った残された家族の深い悲しみを絶妙に表現しているカメラワーク及び設定
・息子スホを突然失った喪失感から立ち直れないスンナム(チョン・ドヨン:今や、韓国を代表する名女優)が”思い出の車”を街中で運転している時、聞こえてきた遺族団の講義の声が聞こえてきた際、カーステレオのボリュームを大きくするシーン
・スホが”まだ生きているかの様な”部屋。漸く自分の家に入れた父親ジョンイル(ソル・ギョング:最近の強面を封印して、事故の時、傍に居れなかった事を悔いる父親を抑制した演技で好演している。)が”それを見た時、涙が一気に込み上げて来る表情。
- 同じ父親なので、グッと来てしまったシーン。久しぶりに息子の部屋の扉を開けたが、そこにはもう彼は居ないのだ・・-
2.父親が不在だった理由を敢えて明確に描かず、観客に推測させる手法。
・ミステリアス要素を絡めながら、夫婦の関係が冷え切っている事を描く。久方ぶりに家に帰って来た夫が鳴らすチャイムを聞きながら、じっと夫の表情を見るスンナム。そして、居留守を使って、家には入れない姿。
3.母親の、深い深い慟哭のシーンを見せるタイミング
・序盤は、哀しみを只管に耐え、スーパーで働くスンナム。
だが、今作では、徐々にその哀しみの深さを見せ、あの凄い慟哭がアパート中に響き渡るシーンが・・。
- 当然、涙をこらえるのに必死になるが・・、無理である・・。-
・それを受け入れている臨家の口煩いが、優しきおばさんと息子と、嫌がる娘の姿。そして、妻が服用しているクスリの袋のアップ。驚くジョンイル。
- リアルな描写に驚くとともに、矢張りあの深い深い慟哭には、チョン・ドヨンの凄さを思い知る。ー
・妻スンナムの精神状態を確信するジョンイルの呆然とする姿。
4.海外で働く父に会うために息子の机の中にあった、出国印のないパスポートに必死に”出国印を押してくれ!”と役所に願い出るジョンイルの姿。
- 父として、息子を”あの部屋”から出してやりたかったのだろう・・。矢張り、グッと来てしまったシーンである。-
5.同じ遺族間の微妙な関係性とスンナム達と繋がりのある人々の描き方
・遺族会と関わらないスンナムと、遺族会の人々との微妙な温度差。スンナムは息子の死を”ある理由”から受け入れられていない。
・遺族間でも、国からの補償金を”断固として”貰わない劇中の家族たちと、貰った遺族との関係性
・”国から多額の補償金を貰ったのだろう?”と不躾極まりない言葉を投げつける”腐った”叔父の姿。
-世間でも、そのような見方をする人がいると劇中、遺族の一人が語る・・-
・スホと幼い時からの親友関係だった若者が、スンナムの姿を街中で見ると、隠れてしまう姿。
・遺族団が”残すべき”と主張する遭難した生徒達が学んでいた高校の教室で、一人哀し気な表情で、椅子に座る女生徒の姿。
6.ジョンイルや遺族団により、漸く開催された誕生日会で写された幸せだった頃の家族の風景と、息子が必死に行った事が涙ながらに明かされたシーン
・このシーンでスンナムが息子の死を受け入れられなかった理由が明らかになり、
-それは深い悔悟のためなのだが・・、そしてそれは彼女の責任ではないのだが・・-
・上記の息子スホと関係していた人々の行動の理由も、明らかになる。
- 立派な息子であるし、その友人たちの人柄も素晴らしい・・。-
・そして、スンナムが涙を流しながらも
”もっと早く、誕生日会を開いてあげれば、良かった・・”
と憑き物が落ちたような顔で、口にするシーン。
父、ジョンイルの涙する姿。
<今作は、決して”お涙頂戴”の映画ではない。
近代韓国で起こってしまった”哀しき事故”をテーマに据えた、骨太な社会的メッセージ
- あの”哀しき事故”を忘れるな!-
を発信しつつも、
一度は崩壊してしまった家族が、少しづつ再生して行く過程を、丁寧に描いた作品である。>
■蛇足
・一括りにするつもりはないが、韓国映画界から、頻繁にハイレベルの映画が公開される理由は、”明確”である。
素晴らしきオリジナル脚本を、3年掛けて書き上げた”長編は初である”イ・ジョンオン監督の実力、気概を見抜き、出演した韓国を代表する名優二人の姿を見ても、”その感”を強くした作品でもある・・。