「【僕も貴方も超即死、僕達のクワイエット・プレイス】」クワイエット・プレイス 破られた沈黙 ワンコさんの映画レビュー(感想・評価)
【僕も貴方も超即死、僕達のクワイエット・プレイス】
この親子、またしても、止めた方が良いことをやるから、そんなことになるんだよと、イライラする人は多いように思う。
でも、周りを見渡したら、止めろと言われていることを、敢えてやろうとする人は案外多い。
先般のバスの中。
ちょっと密。
おばさんが、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。
録音のアナウンス「車内では会話をお控えください。」
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。
運転手(痺れを切らして)「車内は現在、密になっております。会話はお控えいただけるようお願いいたします‼️」
一瞬の沈黙の後、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。
バカか、こいつら。
よく止めろと言われることを敢えてやりたくなるのをカリギュラ効果とか、心理的リアクタンスというと聞いたことがある。
主に男性が女性に強がってアピールしようとするDNAに起因するとか、嘘のような分析も読んだので、このおばさんたちは男性化してるのかと苦笑もしてしまった。
前作のクワイエット・プレイスのレビューでは、寝ている時は静かでも、イビキや歯ぎしりは静寂をつんざいて危ないと書きましたが、コメントしてくれた方と、そういえば、寝てる時のオナラもアウトですね、なんて話をしてて思い出したことがあった。
世の中には、騒ぐのはもちろん、私語も慎んだ方がいい場所が結構ある。
映画館、舞台やクラッシック・コンサートなどの鑑賞中、バスや電車の中、授業中の教室などはそうだが、もともと他に音声や音楽が流れたり、振動音があったり、特定の人が話すことが前提だったりするので、本当の意味での静寂ではない。
これに対して、図書館や、試験中の教室、美術館・博物館は、最大限の静寂が求められるクワイエット・プレイスだ。
僕は、大学の図書館で苦い思い出ある。
昔、大学の図書館で勉強しながら、当時付き合っていた彼女を待っている時、その彼女が、静かに僕の背後に忍び寄り、僕の脇腹をくすぐったのだ。
指で、ちょんちょん、こちょこちょと。
僕は声を上げなかったのだけれども、出てしまった。
オナラが。
ブウっと。
彼女は顔を赤らめて反省の意を示していたが、周りにいた他の学生が笑い始めるし、少し離れたところにいた学生からは、シーって注意されて、バツは悪いし、きっと、僕のせいで<全員超即死>だ。
後で、自然現象だからと僕の心の傷に塩を塗り込むような謝罪をした彼女も当然、<超即死>だ。
細心の注意を払って静かにしてても、こういう思いがけないところにクワイエット・プレイスの罠が潜んでいるのだ。
息を潜めて観る体感型ムービー。
ファブルの時は、持ち込んだポテチをガサガサ、バリバリ食ってるうるさい奴がいたけど、さすが、クワイエット・プレイス。
そこは、シーーーーーン。
自分自身のクワイエット・プレイスの体験など思い出してみるのも一興かと思います。
ワンコさん
「共感の神様」は本日も精力的の活動しているようですが、この映画を見て思いました。
共感をドーピングしたら映画.comに潜んでいるクリーチャーがあっという間にレビューを食べてしまうっていうのは、どうですか?