マヤの秘密 : 特集
狂気に駆られた女が、自分を暴行した“疑惑の男”を
監禁し拷問する…その記憶は現実か、妄想か?最後まで
展開が読めない、心ざわつく緊迫サスペンス・スリラー
この映画は強烈だ。直接的にエグい描写があるわけではない。しかし心理に、脳髄に、直接スリルを流し込み、尋常ではないショックを与えてくる。
タイトルは「マヤの秘密」(2月18日公開)。ある狂気に駆られた女が、15年以上前に自分を暴行した男を拉致監禁し、拷問する。しかし女の記憶は曖昧で、監禁された男は「人違いだ」と主張する――。
【ストーリー】女は街中で指笛を聞き、悪夢を思い出す
脳裏から消えない、苛烈かつ残酷な“暴行”の記憶――
●あらすじ
1950年代後半、アメリカ郊外の街。ある日、マヤ(ノオミ・ラパス)は、街で男の指笛を聞いた瞬間“悪夢”がよみがえってくる。最近、近所に越してきたその男は、戦時中に自分を暴行し妹を殺したナチスの軍人で、マヤが15年以上が経った今でも悩まされる悪夢の元凶だった。
マヤは復しゅう心から男を殺そうと誘拐し、夫ルイス(クリス・メッシーナ)の手を借りて地下室へと監禁する。が、トーマスと名乗るその男(ジョエル・キナマン)は人違いだと主張し続ける。記憶がおぼろげなマヤは、男を殺したい気持ちと同時に、ただ事実を知りたいと、罪の自白を強要し続ける。
一方、トーマスもマヤの話を否定し続けるものの、何かを隠しているような表情をみせる。マヤを信じたい夫は、妻の狂気じみた行動と秘密を知り、真実を突き止めようと奮闘する。
さらに、トーマスの妻(エイミー・サイメッツ)は夫の安否を心配しながらも、自らの素性を話さなかったことへの不信感を募らせる。それぞれの秘密が明らかになるにつれ、新たな疑念が生まれる。
何が真実なのか? 彼女の悪夢は“妄想”か、“現実”か? 最後まで読めない展開が観客を釘付けにする――。
●鑑賞後も思考を止めるな 想像を超える密室サイコ・サスペンス・スリラー
あらすじを読み、あなたはどんな結末を予想するだろうか? 鑑賞する間、脳は自然とフル回転し、手がかりを逃すまいと視線は画面上を縦横無尽に走り回る。文字通り血眼になる映像体験は、やがてマヤ、トーマス、夫ルイスの葛藤の沼にどっぷりとその身を浸すような“シンクロ感”へとつながっていく……。
目を引くのは、マヤが15年以上も前の“凄惨な状況下”での記憶を頼りに行動するという点だ。つまり彼女の記憶は、自己防衛のため忘却・改ざんされている可能性が高く、まるで確証のない手掛かりをもとにトーマスを拉致監禁、拷問しているのである。
自分たちの子どもがすやすや眠る寝室の真下で、夫婦は宿敵であるかもしれないし、そうでないかもしれない男を殺そうとしている。マヤは「あの男かどうかはわからない。でもあの瞳は忘れない」と声を荒らげる。夫ルイスは「確証が欲しい」と言いながらも、こうなってはトーマスを殺さなければ自分たちが破滅することを直感している。
そんななか、トーマスは「子どもがいるんだ」「家族に会いたい」と泣きべそをかく。「この男に違いない。手を下したい」という野性的な復しゅう心と、「この男ではないかもしれない。手を下していいはずがない」という理性的な良心が綱引きする――。
かくして、起こってほしくない出来事が次々と現実となり、愕然とするような結末がやってくる。マヤは救われるのか、それとも……エンドロールが終わっても思考を止めるなかれ。考察や想像が新たな解釈を掘り起こす、終わることのない迷宮的な感情があなたを包み込む。
【キャスト】サスペンスの女王、全開――
夫婦の共犯を極限スリルで魅せる、極上の演技合戦
●主演ノオミ・ラパス:“サスペンスの女王”、平静と狂気の間を絶妙に体現
「これこそが私が探していた映画!」。脚本を読んだ瞬間、ノオミ・ラパスはそう叫んだという。尋常でないほど役に没頭することで知られ、「ミレニアム」シリーズや「プロメテウス」などで世界屈指の演技派となった“サスペンスの女王”が、マスターピースに出合った瞬間だった。
ラパスは本作で、主人公のマヤに扮した。戦時中は欧州を転々としており、ナチスの軍人から受けた凄惨な暴力(それは自身だけでなく、大切な肉親にも及んだ)の記憶を封印していた。が、些細なことをきっかけに再び悪夢にとらわれるようになり、その端緒である男を誘拐し監禁・拷問する――。
共演陣から「どのシーンにも魂を注いでいた」と驚かれるほどの熱の入れようだったが、興味深いのは、本作のラパス/マヤは“壊れているようには見えない”点だ。淡々と家事をこなし、隣人と談笑する社交的な面もあり(男を自宅の地下室に監禁していることを除いて)普段の彼女とさして変わらない。それが何よりも怖い。
平静と狂気の狭間を具現化してみせたラパスの神業的演技が引力となり、物語から逃れることができなくなる。どうなるんだ? どうするんだ? 真相と結末は果たして? ぐいぐいと引き込まれ、時間の概念が溶けてなくなり、ただ映画と向き合う時が流れていく。
●ジョエル・キナマン:人違い?それとも犯人?観客の価値観を問う役どころを熱演
圧倒的なスタイルとルックス、特徴的な声色を武器に人気を博し、近年は「ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結」などで印象的な活躍を見せたジョエル・キナマン。突如としてマヤに捕らえられ、地獄のような日々を過ごすトーマスに扮した。
「チャイルド44 森に消えた子供たち」以来、再共演を熱望していたラパス(2人はスウェーデン出身)のラブコールを受け、出演。当初はマヤの夫を演じる想定だったが、アドラー監督らが「体を縛られ、口も塞がれ何もできないトーマス役を演じさせたほうが面白い」として、役どころを変更させられた。
この男はマヤを暴行したその人なのか、それともまったくの人違いなのか? 危険な人物にも善良な市民にも、同時に見えなければならない難役も見事に演じきり、観客の価値観を上も下もわからぬほど揺さぶり続ける。
●クリス・メッシーナ:凶行に巻き込まれ、次第に飲み込まれていく夫を怪演
「ルビー・スパークス」「それでも恋するバルセロナ」「アルゴ」などで“観たことある!”とピンと来る人が多いかもしれない。クリス・メッシーナは、今作である意味、ノオミ・ラパスやジョエル・キナマンよりも難しい役どころに身を投じたと言える。
夫ルイスは医者としての1日の激務を終え、愛する妻マヤが待つ自宅へ帰ってきた。すると妻の様子が何やらおかしい。聞けばかつてナチスの収容所にいて、逃げる過程でナチスの軍人に暴行されたという。「奴は車のトランクに入っているわ」――。奴って?
どこまでも普通に、善良に暮らしていた男が、突如として狂気的な状況に呑み込まれていく過程を体現。マヤを守りたい。しかしトーマスの命も守りたい。そして何よりも、今までの生活に戻るためには……メッシーナ演じるルイスを起点に、観客は極限状況を追体験することになる。
【鑑賞後に読んでください】
物語展開をネタバレ考察…事件の真相は、一体?
※以下から先は、物語の結末の全てに言及しています。本編未鑑賞の方は読まないよう、ご注意ください。
●考察①:トーマスの告白は“真実ではない”説
拷問の末、「いざ殺す」となった段でトーマスはある告白をする。それは、マヤが最も求めていた「トーマスがマヤたちを暴行した軍人」という趣旨のものだった。
トーマスは「15年前の自分は別人だった」「まさかあんなに残虐なことを平気でやるとは思わなかった」と、涙ながらに懺悔する。マヤは彼を殺すのをやめるが、夫ルイスが銃を取り、撃ち殺してしまった――。
この結末は「トーマスが件の軍人であり、マヤの復しゅうが達成された」とみることができるが、本当にトーマスはマヤたちを暴行していたのか? 別の解釈も可能なよう巧みに描かれている。
劇中では、指を断ち切られるなどの苛烈な拷問が数日間も続いた。トーマスはこの地獄から逃れるため、マヤの主張に合わせる“嘘の告白”をしたのではないか? 警察などによる長時間の尋問のすえに、極度の疲労とストレスから開放されるため、やってもない罪を自白してしまうケースは日本をはじめ世界中に存在する。
さて、あなたはどう解釈したか――。
●考察②:主人公マヤの行動は“初めてではない”説
物語序盤で、マヤがトーマスを拉致するシーン。ちょっとした違和感を感じなかっただろうか。
仕事中のトーマスを絶妙な距離から監視し、退勤にあわせて自然を装い話しかける。ハンマーひと振りで気絶させ、自分の1.5倍ほどありそうな巨体を抱きかかえ、縛り上げ、車のトランクに詰め込む。そして行き着いた森には、すでに遺棄するための穴が掘ってあり……。
小柄で、どちらかというと物静かな女性の犯行にしては手際が良すぎるし、用意周到すぎる。もしかして“初めてじゃない”――?
そう考えると、身の毛もよだつ想像が脳内に広がる。本編ラスト、独立記念日の花火が打ち上がるのを尻目に、タバコをふかすマヤの表情が象徴的な意味を帯びていく。繰り返し観れば、そのたびに新たな発見が得られる仕掛けが散りばめられているので、ぜひともリピート鑑賞してみてほしい。
■STAR CHANNEL MOVIES 『マヤの秘密』公開記念“目には目を!リベンジ映画特集”
【BS10 スターチャンネル】 2/19(土)~2/20(日) 2日連続放送(全7作品)
『トゥルー・グリット』『悪党に粛清を』『マー -サイコパスの狂気の地下室-』『96時間』など
■STAR CHANNEL MOVIES 『マヤの秘密』公開記念“ナチスの爪跡”【BS10 スターチャンネル】 2/14(月)~2/18(金) 5日連続放送 (全7作品)
『ヒトラーの忘れもの』『さよなら、アドルフ』『否定と肯定』『ヒトラー最後の代理人』など