劇場公開日 2020年12月25日

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「言いたいこともあるけど、芸人が真面目な映画作るなら、これくらい"作家思想"と"熱"がないと!」映画 えんとつ町のプペル わたろーさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5言いたいこともあるけど、芸人が真面目な映画作るなら、これくらい"作家思想"と"熱"がないと!

2020年12月29日
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 アメトーークやゴッドタンでキングコング西野さんの活躍は拝見していました。昔ははねるのトびらで育った世代でもありますから。ただ、どちらも彼の思想性をいい意味で茶化すような番組、転じて僕は彼の思想は苦手というか懐疑的です。youtubeも一つも見たことはありません。とはいえ、努力されているのは押し付けられるわけでもなく十分伝わってくるし、子供とかかわる仕事をしている自分にとっては観に行かなければならないタイプの作品だという只ならぬものを感じ、劇場に観に行きました。

 芸人が映画を撮る場合は二つのパターンがあると思います。一つはコントの延長線上として笑いに特化した作品。もう一つは映画監督の箔を頂いて真面目な映画を作る作品。ただ、後者の場合は映画監督よりあらゆる面で劣るのは当たり前のことで、それに負けないくらいの作家思想と熱が必要だと思っています。それで自分的に失敗だと思っているのは松本人志の二作目以降とか木村祐一とか。

 じゃあ、今回の作品はどうだったかということなんですけれども、自分はやっぱりこの型が言ってる自己啓発系を素直に受け取れないなと。ただ、言いたいことは明確に伝わってくるし、注ぎ込んできた情熱も明確に伝わってくる、それだけでも芸人が作る真面目映画としては成功を収めていると思いますし、劇場公開にこぎつけたことに賛辞を贈りたいと思いました。

 気になるところなんですが、冒頭のハロウィンダンス。これが非常によくできていて面白いんですけれども、どうしても取ってつけたような印象にしかならない。「HYDEさんを使いたい」という意図しか感じられませんでした。あと、そこから挿入歌やエンディングテーマ1つ1つはそれぞれいい曲なんですけれども、歌い手が違うのでどうしても世界観の阻害になっていると思ってしまいました。新海誠におけるRADWIMPSのように、挿入歌を何曲も使うんだったら1人に絞ったほうがいいのではないかと思いました。僕はHYDEさんでよかったかなと思うんですけど、エンディングテーマだけ西野さんが作詞してるということはそういうことなんでしょうね。

 エンディングテーマも非常にいい曲なんですけど、彼の信念や思想をそこに乗っけているということは、その信念や思想は本人にとっては自信を持って言えることだと思うし、周りを当たり前のように巻き込んでいける力を持っていると思ってると思うんです。歌詞は基本的にえんとつ町のプペルが周りにどう思われどう世界が変わっていくのかを直接的に言っているのですが、ただ一つ「奇跡が近づいてる」という歌詞だけはどうにかならなかったのかと思いました。自分の信念を叶えること=奇跡と思ってほしくないというか、自己啓発を他者に巻き込んでいく限界を自らの作詞した曲にわざわざ込めなくても・・・・と思いました。

 あと、ラストシーンに向かっていく過程の空を見に行こうというところ。「誰も空を見たことがないだろ。やってみなきゃわからないじゃないか。」というのは凄く分かります。そのあと主人公のルビッチとプペルが空に行くまでにそれを阻害するものと戦う(時間稼ぎをする)というシーンがあるんですけど、そこでは「みんなが思っていたこと(空を見たいということ)を黙っていただけなんだ」という理屈で戦ってくれるんです。でもそこに至るまでそうした描写が描かれていなないことによって、ルビッチとプペルという「ノイジーマイノリティ」と戦うものが言う「サイレントマジョリティー」のバランスがうまく取れていないように思います。アントニオやドロシーの描写をもっと入れれば、そのあたりの問題は解消されると思います。

 こんだけ気になることは書きましたが、基本的にはよくできていると思います。まず何といっても映像が美しいこと美しいこと。ここはさすが「STUDIO4℃」だと思いました。美しい空の光景、詳細だけど嫌われないようにどこかあどけなさも残すごみ人間プペルの様子、迫力あるワイヤーアクションにも似た冒険中の描写、非常に感心しましたし、映画館でこそ見るべき映像だと思いました。

 ストーリーも何かをしようと思ったら叩かれるという現代社会の縮図のような街で、奮闘していくさまが上手かったですね。登場人物も魅力的でしたし、声優さんがほとんど出ていないとは思えないくらいいい感じでアテレコされていましたよ。芦田愛菜さんや窪田正孝さんはもちろんですが、一番びっくりしたのはずんの飯尾さんでした。

 西野さんの熱というか思想がふんだんに出てるなと思ったのは、前述した空を見に行こうというところで、とあるキャラクターが敵キャラから時間稼ぎをするために豆知識を披露するというところなんですけども。そのキャラクターは働きアリについて熱弁しているんですね。アリの世界では2割が働きアリで6割は普通のアリで残りの2割はサボったり足を引っ張ったりするアリなんだと。ただ、この世界を成り立たせるためには、サボったり足を引っ張ったりする2割のアリもきっと必要なんだと言うんです。そのあと披露しようとした豆知識はなんだかんだあってすぐ言うことをやめてしまいます。ということは、働きアリの豆知識を入れたことには必ず西野さんの意図があると思うんです。これすっごい西野さんの考えっぽいなーと思ってて。おそらく自分は働きアリだと言いたいんだろうと。で、サボったり足を引っ張ったりするアリはいわゆる"アンチ"もっと言うと"声を上げるアンチ"なんだろうと。でも、アンチがあってこそ自分は自分自身のプロジェクトに熱を注げるというか、同志の働きアリたちを囲って世の中のために動いていけると考えてるっていうのが西野さんだなーって。

 実際に、アメトーークで紹介されていたエピソードなんですが、ハロウィンの翌日に渋谷の街を規定にしようと有志たちがごみ拾いをして、拾ったゴミでアートを作ろうという企画を立ち上げてたところ、それを阻止しようとしたアンチが開始時間までに渋谷のごみを拾いきってしまったということがあったらしくて。これを働きアリの理屈に合わせると…と考えるのは意地悪ですかね。とはいえ、そうしたところにもしっかりと監督の想いを乗っけるのってすごく大事なことだと思います。

 きっと見返すことになる映画の一本になりました。面白かったです。子どもが見ても楽しめるだろうけど、一番見てほしいのは夢や期待を持って進学したけど周りの才能に絶望して生き方を模索してしまう大学生ですかね。

わたろー