ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方のレビュー・感想・評価
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桜の花びらになって散りたい
コロナ禍の影響で週末は閉館している映画館が多い中、シネスイッチ銀座は週末でも上映を続けている。賛否はあるだろうが、映画館としてのひとつの姿勢であり、閉館するも上映するも、どちらの決断もそれなりに評価されなければならないと思う。 テレビを観ていると、ロクな番組がないことがわかり、どうしても映画に行きたくなる。コロナ禍の対策も重要かも知れないが、精神衛生も大事である。日本の自殺者はWHOによれば毎年6万人。1日164人が自殺しているのだ。新型コロナで亡くなる人が増えているのかも知れないが、それを遥かに上回る数の人々が自殺しているのである。この事実をどのマスコミも報道しない。 コロナ禍で経済が縮小した結果、自殺者は更に増えるだろう。政治家は行きあたりばったりの対策で右往左往しているが、世界の片隅では沢山の人々がひっそりと自殺している。コロナ禍が終わってからの自殺対策では実は遅いのだ。感染者数と同時に自殺者数を発表するといい。 この時期に本作品を映画館の大画面で鑑賞できたことは非常に幸運だった。微生物を含む生命全般についてのドキュメンタリーだからである。 兎に角映像が美しい。流石に動物の番組を作ってきた監督だけのことはある。撮らなければいけないシーンはすべて網羅しているし、スローやアップなどを巧みに使った映像で和ませてくれる。 夫婦の農場にとても重要な役割を果たすコンサルタントのアランには独特の哲学がある。自然農法で大切なことは、植物と動物、それに微生物が相互作用しながらエネルギーを循環させることである。つまり自然界の多様性(diversity)そのものがエネルギーと秩序と調和を生むのである。その結果として農畜産物が収穫される。人間は自然の多様性を損なわないように気を遣わなければならない。 映画はその具体例を美しい映像で表現する。動植物が栄養を摂取し、排泄する。その排泄物は他の動植物にとっての栄養となる。時間が経過すると植物も動物も死骸となって土に帰るが、それもまた次の世代の動植物にとっての栄養となる。あるいはある植物にとっての天敵は他の動植物にとっての重要な栄養源であったりする。人間は勝手に害獣とか害虫などと分類しているが、動植物そのものは益でも害でもないのだ。 食物連鎖の中で重要な役割を果たすのが微生物である。細菌について人間は善玉菌とか悪玉菌とか日和見菌とか、勝手に分類しているが、生物の多様性そのものが秩序と調和を生むのであれば、悪玉菌も病原菌もそれなりの役割を担っていると考えるのが公平だ。ウイルスについても同様で、人間にとっては炎症を引き起こしたり、免疫不全をもたらしたりするウイルスであっても、善悪の判断の対象外である。 生は死を内包している。あらゆる生物は誕生と死亡、自己複製を繰り返しながら、時には突然変異を起こしたりして変化し続けている。ジュラ紀に地球に君臨していた恐竜も、もはや化石でしか見ることができない。ヒト科ヒト属ヒトであるホモサピエンスも例外ではなく、環境の変化と適応力のバランスから、やがて淘汰されていくのだ。 本作品は、その全体をすべてよしとして力強く肯定しているかのようである。新型コロナウイルスがパンデミックを引き起こし、多くの人や動物が死ぬ。そしてまた生物は変化し、新しい生物が誕生する。善と悪の彼岸に真理が存在すると考えれば納得のいく話である。 家族が死んでもそんなことが言えるのかと、屡々問題を矮小化する人がいるが、巨視的な問題は巨視的に議論すべきであって、個々の人間の幸不幸と重ね合わせるのは論点をずらしているだけだ。日々刻々と変化していく環境の中では、ペストもコヴィッド19も条件と偶然によって発生したパンデミックであり、地球の歴史にとっては善でも悪でもないし、幸でも不幸でもない。 本作品の美しい映像を観ると、生命というものは失われるからこそ美しいということがわかる。花は散るから美しいのだ。いつの日か自分も死んで土に帰り、微生物に分解され、桜の木の栄養にでもなって、その美しい花びらの一片となり、そして散りたいと、そんなふうな思いが沸き起こる。素晴らしい作品である。
「農業で起業する」こと•日米の大きな違い
日本なら、まず家庭菜園から始め、週末農業を経てどこかの農場にテスト就農したうえで段階的に大きくしていくのが普通でしょう。 ところがこの映画の主人公夫婦は脱サラからいきなりファンドで資金を集めて広大な耕作放棄地を購入。経験豊富な人を農業顧問に迎え、生業家業の枠を超えていきなり事業としての農業にチャレンジしました。 失敗した作物は豚や鶏の餌になり、家畜の糞尿が土壌を肥やします。料理研究家の妻は自作の野菜や卵肉を提供するレストランを。映像作家だった夫は自分たちの農業奮闘記をドキュメンタリー映画にします。 農業体験を記録した映画というよりは、ドキュメンタリー映画のための「25年間に渡る農業実演」なのかもしれません。これも「現代のお伽話」でしょう。
ワンコ、子豚など可愛すぎ
主人公が動物tの写真家(だっけ)なので映像がとても綺麗、フィクションみたい。出てくるワンコ、子豚などが可愛すぎ。 大好きな「北の国から」に出てくる「中津(レオナルド熊)」の畑が農薬浸けのため、雨で人参が流れていくシーンを思い出しました。
【"直面する困難を力に変換""全ての生命体の完璧な調和を追究する姿に感銘を受けた作品"。】
殺処分予定の犬トッドをペットにしたジョン&モリー夫婦が、愛犬が原因でアパートを追い出される処から物語は始まる。 彼らが始めた事はオーガニック農業。 が、購入した200エーカー(サッカーグラウンド200個分位かな)の土地は固く、スコップも歯が立たない。 だが、ここからの彼らの頑張りと数々の柔軟な発想が素晴らしい。 ・荒れた土地を肥沃にするためにミミズを活用。 ・鶏の卵は大人気商品(美味しいよね、絶対に。卵かけごはんで食べたい・・) ・鴨の使い方。(日本にもあるなあ、カルガモ農業・・) そして自然の不思議。あれ程増えて困っていたカタツムリたちをある年から鴨たちが一斉に食べ始める姿。(私はエスカルゴにすればよいのにと思ったが、良く考えたら種類が違った。) オーガニック農業のベテランアドバイザー、アランの指示も的確で徐々に農地を開拓していく彼らとその仲間の姿に勇気を貰う。 害虫、鶏を襲う野生動物に対しても彼らは悩みながらもきちんと対応していく。 印象的なのは、鶏を襲う動物を撃ち殺した時のジョンの言葉である。 ”これで、僕の理想の一部も死んだ・・・” それでも、襲い来る強風の季節や山火事の危機も乗り越え、彼らは夢を実現させていく。 彼らと共鳴した仲間達が作り上げた丘陵上の農場を空撮した風景の美しき事と言ったら・・。 そして、彼らをこの地に導いたトッドの死。彼はジョン&モリー夫婦が開拓した農地に丁重に葬られる・・。 〈”全ての生命体には存在する意味がある”、という深淵な思想を見事に有機農園として体現させた夫婦の八年間の有機農業を描いた、素晴らしいドキュメンタリー作品。〉
自然の美しさと醜さ
内容はしっかりとしたドキュメンタリーだが、主人公が動物カメラマンというだけあって美しい映像も満載で動物たちが生き生きと描かれていた。
農場の良い面だけを見せるのではなく、生まれて間もない羊を安楽死させたり、蛆虫がたかる牛の糞の映像がアップで映されるなど、我々が目を背けがちな自然の負の部分を隠さず映像化している点も好感を持てた。
こんなに内容に引き込まれる映画は久しぶりで、自分もこんな所で働いてみたいなとか、コヨーテのような大型肉食獣が少ない日本では難しいかもと色々想像が膨らんだ。
癒されまくり
監督&主演の John Chester はもともと動物写真家なので、動物、植物、昆虫の映像がもの凄く素晴らしかったデス。 これが本当の生態系。 カルフォルニア州南部の何十万ヘクタールの荒れ果てた土地を買い、師匠と呼ぶべきオジサンの助けを借りて、天災にも強い大地を作りあげたことに感動。 師匠のおじいちゃんは癌で死んでしまう直前までアドバイスをくれる。何年も後のことまで予言して、肯定してくれる。鉄腕DASHの明雄さんを思い出してしまった❗ 耳慣れないけど、大切なキーワードは 被覆植物。 普通、雑草扱いで、農薬撒いてしまうけど、出ました! 合鴨。 土壌改良の主役にまずはミミズファームを作り、液体肥料を自作。 🎵ミミズだーって、オケラだーって、 豚、羊、牛、犬、猫、鶏、鴨などの家畜のみならず、自然の動物、ネズミ、リス、コヨーテなどの害獣にも生態系の主役としてできるだけの愛を注ぐ。ネズミ対策には面ふくろう、鷹、ハエには鶏、カタツムリには鴨、アブラムシにはてんとう虫。まるまる便所虫など虫、バクテリアも含めてすべて自然の生態系によるバランスの完成が大事であることを7~8年かけて証明してくれる。 音楽はカントリーミュージックのバンジョーやバイオリンを動物の鳴き声に合わせて挿入する凝った作り。 奥さんがきれいで、スタイル抜群なのが私的にはマイナスポイントですね。 保健所で屠殺処分になるはずのドットを飼うことから始まるヒューマンドラマであり、掛け値なしのドキュメンタリーであり、多くの協力者を得て成し遂げられたパラダイスで、ムツゴロウ先生も脱帽だと思います。 山火事がファームまで来なくて、ホントに良かった。生まれた子供も可愛かった。 ブルーベリーたくさん食べて、 I have one っていうのが、無邪気なわざとらしさ?で、可愛かったな~ でも、その土地はもともと先住民の土地だったわけだから、手放しでは喜べない人もたくさんいることを最後に言っておきたいと思います。
全ての生き物に捧ぐ
さて毎度私のレビューを読んで頂きありがとうございます。 この映画は映画製作者のジョン・チェスターとその妻料理研究家のモリー・チェスターの8年間に及ぶドキュメンタリーです。 夫婦は殺処分寸前で1匹の犬を保護します。名前はトッド。印象的なブルーアイ。思慮深い表情。ところが夫婦がいなくなると鳴きやみません。かくしてLAのアパートを引き払い郊外へ引っ越します。それは夫婦にとって運命だったのです。 と、いきなりあらすじから始まりました。馬鹿みたいに広い関東平野の海よりで生まれ育った私にとって共感の嵐でございます。 小学生の遠足の時です。バスガイドさんが歌います。 ♩おかーをーこーえ いこーよー♩ 丘って知らないよ❗️平面な土地だからね。もちろん山もないしトンネルもないし坂もない。 川はある。でもドブ川。くさい。 冬の晴れた日は、稀にだが遥か遠くに筑波山が見える時がある。そんな時は同級生が声を上げる。 「凄いぞ!山が見える!」 もうビッグニュースである。その後はみんなで廊下から飽きるまで山を眺めるのである。地方の方は山があるのが普通だろうが下町のクソガキなんてそんなもんだ。 だから私は未だに地方都市が舞台の映画が大好きだ。単純だね。住むとなると色々あるんだろう。それでも、それでもだ。山に囲まれている場所は永遠の憧れだ。 さて無駄な枕が終わりました。今から田舎好き、生き物好きな私の映画の感想です。この先はネタバレが含まれている可能性が有ります。気になる方は読まない方が良いですよ。 邦題はビック・リトル・ファームです。大きい小さい牧場❓ どっちやねん❗️ 原題は、Biggest littie Farm です。偉大なる小さな牧場と翻訳するのが良いかと思います。 さてチェスター夫妻は理想の牧場を作ろうと思いました。しかしそこはアメリカの西海岸です。極端に雨が少ない土地柄。 アメリカの映画産業がハリウッドになったのはこの雨が極端に少ないと言う理由からです。 ほぼ砂漠。不毛の地。果たしてここに農場を作る事が出来るのでしょうか? 痩せた土地にまず大量の土を入れます。その後ダーウィンが言うところの人間にとって最も有益な生き物。ミミズを入れます。 土地は少しずつ豊かになり近隣の生き物が集まってきます。そしてその生き物の糞でさらにその土地は生命力を得ます。 うーん 土は生きているんだねえ❗️立松和平か❗️ まずは被膜作物です。例えばクローバー。シロツメグサです。和名では苜蓿(うまごやし) その名の通り馬の牧草になります。その馬が糞をしてさらに土地に栄養を与えます。そこからまたクローバーが生えます。そして・・・ 終わらないよ❗️PPMの「花はどこにいった?」か❗️ はい。終わりません。夫婦の目的はそこです。 殺虫剤、除草剤、化学肥料、等を使用せず自然の摂理に任せます。 そして池を作ります。池と言う言葉の由来は 【生け】です。土地を生かし、様々な生き物を 育む。と、言葉検定で林先生がそう言ってました。 なんでえ❗️伝聞かよ❗️ その土地に沢山の生き物を放ちます。ニワトリ、カモ、牛、山羊、豚、池には魚、そして果実として林檎やプラム、桃。多種類の野菜。 しかし、しかしです。無農薬な作物は人にとって安全な食物。ということは人以外にとっても安全な食物。そうです、害虫や果実を啄む野鳥まで呼び寄せてしまうのです。うまく折り合いを付ける事が出来るのでしょうか? 私のレビューとしてはストーリーの紹介が長くなってしまいました。ごめんなさい。 birds of prey (猛禽類)が登場します。なんと美しい生き物なのでしょうか。 生態系の頂点に立つオオタカは自然が健全である証拠です。東京23区内では明治神宮、皇居、水元公園、葛西臨海公園くらいにしかいません。会いたいね。 humming bird (はちどり)はなんと愛らしいのでしょう。鳥好きはたまりません。一度見てみたいです。 私はご満悦な表情をしていたでしょう。羽生結弦の演技後のオーサーコーチのように。 観てよかった。満足しました。 全ての生きとし生きる生き物に感謝します。 こんな長い文を読んで頂き多謝でございます。皆様どうかご自愛ください。
いい意味でドキュメンタリーっぽくない映画
ノンフィクションなのに自然のクオリティーが高すぎて、フィクションのように感じた。 動物たちの一つ一つの生と向き合い、ビックでリトルなファームを作り上げたい登場人物たちの憧憬や夢がパンパンに詰まった映画です。
共生のダンス
この農場の資金を提供したという“投資家”は、この映画のプロデューサーのことだろうか? 一見、ジョンとモリーの2人の物語のようだが、80万平米の広大な土地で、多くの人が従事している。 とてもじゃないが、卵や豚を売って得た収入では、まかなえない規模である。 エコライフのイメージに合致しない“耕作機”や“重機”の姿なども、意図的に映していない感じだ。 というわけで、正直なところ、どこか“眉唾”な印象が拭えないドキュメンタリーだ。 少なくとも、映されていないことが、たくさんある作品だと思う。 しかしながら、この作品には独特な面白さがある。 それは、(1)自分たち「人間」や、(2)「農作物」と「家畜」だけでなく、(3)「野生動物」がメインキャストととして登場するのだ。 コヨーテ、果樹を食べる鳥、野ネズミ、カタツムリ、ハエのウジ虫、アブラムシ。 招かれざる“ダンスのパートナー”が、次々と大量に現れて困らせる。 薬剤を使用せず、増えすぎた害虫や害獣にどう対処するか? 番犬だけでは対応できない。 彼らは、広大な農地のメリットを生かして、“天敵”による自然の“自己制御”を利用するのだ。そこが見所だと思う。 また、その時々のジョンの素直なモノローグが素晴らしく、観る者の心を打つ。 印象的だったシーンが2つある。 まだ2年目に「いつから農家と名のれるのか」とつぶやくシーン。それが、映画の終わりには、静かな自信に変わっていく。 そして、銃を使うシーン。“夢の一部が死んだ”瞬間。 最大限の「多様性」と、その間の「心地よい“不調和”」。 今年もジョンとモリーは、新しい“パートナー”と“共生のダンス”を踊っているのだろうか?
自然と人間のエゴ
自然をテーマにあるべき状態を求めていく ことは理想であり、一方で人間のエゴでも あるのかなと。そこに生命という点にスポット を当てているこの作品は、観て感じた人達の いく通りもの感想が生まれのでしょうね。 新鮮な作品でした。
至高のネイチャードキュメンタリー
「生物多様性」とは倫理観で守るべきアイコンとかではなく、それ自体が完成されたシステムである。おいそれと人間が制御出来うるものではない。しかし、人間によって壊された自然を、元に帰す知恵も人間は持っているようだ。 素晴らしい映像美。机上の理論ではない、彼らの経験から滲み出る自然との共生の教え。BBCやNHKとは一味違う、類まれなる自然ドキュメンタリー作品。 家畜を守るために、コヨーテを撃ってしまったジョンの罪悪感に功利主義の現代社会を想起し、ドキっとさせられる。
高度のエコシステムとは
ドキュメンタリーであり、美しい映像のプロモーションビデオのようでもある。 それにしてもわずか10年ほどでこれほど高度なエコシステムを築くことが出来るとは。こんな狭い範囲で築かれたエコシステムが完璧なものか、持続可能なものなのかは分からないけれど、実に魅力的。 次々に起こる問題を解決するのがエコシステムの範囲を広げることだいうのが実に面白く、謎解きとしても良かった。
ネオ・ネイチャー
この映画を、企業経営者や政治家の方々が観たら、どういう感想を持つのだろう?? 是非観てほしい、という個人的な希望も含めて。 造られた言葉ではない、「完璧な調和」がここにある。 我々人間も「完璧な調和」の一部。 だったはず笑 もはや人間こそが地球にとって、自然にとって、異物となってしまった現代を無視できない。 問題は根深く、複雑、簡単に答えなど出ず。 まず人口過多があるだろう。 無知がもたらす自然破壊もあるだろう。 過度な経済至上主義も見逃せない。 奇しくも、地球は人知を超えた天災を活発化させ、今まさに見えぬウイルスが従来の社会システムを破壊しつつある。 事象だけフォーカスすれば困難な現状も 恐らく、正常な循環への1サイクル。 コントロールなど、そもそも不可能なのだ。 コントロールを手放し、自然の流れに沿うことを、ここから新たに始めて行くべき。 こういう映画の上映タイミングが今というのも、自然の摂理と信じて。
ただただ気持ちよく、またうらやましい
とても気持ちよく映画をみることができました。自然の映画で久しぶりにワクワクしながら観ることができた気がします。 奥さんの自然好き、また犬を飼った為に起こった住みにくさから、新天地として夢であった農場に移り住むことになる。 自分たちの理想にはほど遠い場所。 そこをオーガニック農場に変えるべく、伝統農法の先生と共に理想の農場を作りあげていくといったただ経過報告的な単純なストーリー。 ただ自分がその農場にいる、その農場で働き考える、という一主人公になった気持ちで観ることができます。 そして、自然の猛威を受けながらも、農法の先生の言葉を胸に困難を解決する姿に、なるほど!、そうか!と思う場面も多くあり、本当に気持ちよく進んでいきます。 観終わった感想は爽快感、気持ちよさが身体に宿りました。 いろんな物語の作品などありますが、こういった報告的な映画もたまにはいいな!と思った映画です。 続編は、、、ないかな?でも観たい。そしてファームに行ってみたい!そんなことを思いました。
生と死という【役割】
広大だけど荒れ果てた土地を開墾し動物と共生を図り農場を創出する物語。8年という歳月は文字通り苦難の連続だったであろう。この映画は一部しか語られていないが、実際もっと苛烈を極めたであろう。 とにかく映像が全編美しいが故に動物の生態系の成り立ちが完璧であることの残酷さが際立った。 この映画では、動物の生態系を【完璧に成立している各々の役割】というような言い回しで表現している。各々がより強い生物に食され時に排泄物が肥料になる循環、その【役割】のあまりの生々しさにハッとさせられた。素晴らしい映画でした。
持続可能であるために、世界が良いところであるために
ヒトが自然と折り合いをつけるのは簡単ではない。 亡くなった僕の父親は、趣味の畑をやっていて、よく野ネズミと格闘していた。 しょっちゅう、「あっ!コンチクショー!」と言うのを聞いていたような気がする。 林野庁で働いていた父は、豊かな森林をどうやって育むのかということでも格闘していたような気がする。 人間が手を入れないと豊かな森はできないのだ。 里山の危機と云うのと同じだ。 だが、全く逆のケースもある。 明治神宮の森だ。 明治神宮の建立と同時に藪だけの原野に人工的に作られた森は、ほとんどヒトの手を入れず、150年かかると言われていた森化を100年で実現してしまった。 自然の力はすごい。 ヒトの計画や予想をいとも簡単に裏切ったり、逆に叶えたりもするのだ。 このファームの試みは意義深いと思う。 言葉では簡単に循環型みたいなことは言えるが、実は千差万別なのだと感じる。 世界中がこんな風だったら、温暖化で心配する必要もなくなるのではとも思う。 ただ、ちょっと長い余談を許して欲しい。 僕は、コーヒーが好きだ。 最近の酸味の香り高いものが特に好きだ。 コーヒーノキは、赤道を挟んで南緯北緯それぞれ25度までの間のコーヒーベルトと呼ばれるところで良く育つことが知られている。 だが、同時にこのベルト地域は、内戦の紛争地域だったり、麻薬取引も多く、貧困が集中している場所でもある。 今は紛争が少なくなってきているが、貧しい状況はあまり変わってなかったりする。 そして、こうした人々が麻薬栽培など違法な作物栽培に手を染めぬよう、コーヒー栽培がキーだったりする。 例えば、ルワンダは内戦で虐殺が行われた場所としてよく知られているが、今は良質なコーヒーの生産地として名前が知られるようになってきている。 フランス人や日本人が栽培指導をして、多くの現地の人を雇って経済的な支援にもなっているのだ。 大規模コーヒー農園の様相もあるが、貧しさから抜け出すための一助になっていることは理解して欲しい。 ルワンダはコーヒーの品評会で最高賞をとったこともある。 ただ、有機ではない。持続可能な範囲で農薬は使用している。 コーヒーにはサビ病と云う独特な病気があって、予想もつかないところで発生したりするからだ。 有機がベストみたいなロジックを展開する人は案外多い。 ヒステリックな人もいる。 でも、分かって欲しい。 持続可能性を十分考慮して、働く人々の負担を減らしながら、病気のリスクも軽減しているのだ。 そして、有機のコーヒーが必ずしも美味しいわけではない。 やはり紛争が酷かったホンジュラスでもコーヒー栽培は盛んになっているし、太平洋だとパプアニューギニアも注目されている国だ。 こうして多くの人の努力で世界のコーヒーの味が上質になるに従って、逆に紅茶の消費量が著しく減少している。 それは、大規模プランテーションで、昔ながらの搾取を前提のようなシステムを継続し、安かろう不味かろうみたいな一部企業がのうのうとしていたからだ。 その企業の売却が決まったような話を聞いた気がする。 持続可能で良いものを提供できるモチベーションの高いところが買収して、コーヒーと競えるようになればいいと思う。 大切なのは持続可能性と、良いものを作る意義を理解し、得られる収益の再分配を通じて働く人々のモチベーションを上げることなのだ。 ファームの弛まぬ試みと努力には頭が下がる。 頭でっかちな自分を自覚もする。 でも、いろいろな要はバランスも大切なのだとずっと思っている。
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