劇場公開日 2020年9月25日

「ピアノソナタによる映像詩」ミッドナイトスワン keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0ピアノソナタによる映像詩

2021年4月2日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

2020年度の日本アカデミー主演男優賞を受賞した、草彅剛扮するトランスジェンダー・凪沙の異様な熱演につい目がいってしまいますが、本作の本質は、一人のバレリーナが成長し開花していく凄絶で悲愴な通過儀礼を描いた物語であり、寧ろ草彅剛は脇役中の中心人物に過ぎません。

不幸な境遇で生まれ育ったために寡黙で内向的な少女と、物事にぞんざいな凪沙の絡みが中心故に、台詞が少なくト書きの多い脚本構成となり、勢い俳優たちの無言の高質な演技が求められます。
そのためか、映像に台詞の少ない尺がやたらと多いようです。中盤辺りの主人公の少女と親友となる女の子とのノーカット長回しはその典型であり、全体に間延びした印象が拭えません。

抑々アクションもラブロマンスもなく、美しい自然風景もない、ただ都会の喧騒の中の暗鬱で惨憺たるシーンが多く繰り返されるのですが、不思議に映像に緊張感はなく無機質的な透明感が漂っています。
それは台詞に代わって映画全体の空気を染め上げている美しく艶やかな音楽の功績です。渋谷慶一郎氏のソロピアノBGMは、儚い哀愁を帯びつつ、本作の人物たちの心の奥底に蟠る暗い情念の炎を、リリカルに観客の胸に響かせ共鳴させてくれます。スローテンポで流麗なリズムと切なく遣る瀬無い旋律は、耳に心地良く流れていくので、悲惨で身につまされるストーリーにも関わらず、私にはピアノソナタによる、バレリーナの成長譚を描いた清澄な映像詩を観た印象がしています。
多分、観客の中の涙腺に共振した人には、悲惨な報われぬ愛に強烈な同情と憐憫が沸き上がったことでしょう。

バレリーナとなる少女・桜田一果を演じる新人・服部樹咲は、精一杯熱演したとは思いますが、前半の不安・絶望・焦燥・諦観・羨望の入り混じった感情をほぼ無表情無言で演じており、後半の能動的所為に結び付くにはやや違和感がします。特に前半は、作品を通じてややローアングル気味の仰角ショットが多いので、余計にただ無気力なだけに映ってしまっていたのは残念に思います。

keithKH