「「良い映画」「悪い映画」と論ずるのは憚られるような名作」ミッドナイトスワン といぼ:レビューが長い人さんの映画レビュー(感想・評価)
「良い映画」「悪い映画」と論ずるのは憚られるような名作
前々から観てみたいと思っていた映画、ようやく鑑賞いたしました。
どの映画レビューサイトでもかなりの高得点をたたき出している映画だったため、ハードルは異常に上がっていました。事前知識を入れないために、予告編映像などは観ないで鑑賞しました。
結論。とんでもない映画でした。映画を観た後も、腹の中に残り続けるような映画です。鑑賞後に自分の中で映画の内容を咀嚼すればするほど、その濃厚な味わいを感じられるような不思議な映画でした。個人の感想ですが、観終わった後も味わいが残る映画は名作が多い気がします。ポンジュノ監督の「母なる証明」やデビット・フィンチャー監督の「ゴーンガール」が、私の中の「味わいが残る映画」なのですが、どちらも歴史に残るような名作映画でした。この「ミッドナイトスワン」もまた、歴史に残る名作となることは間違いないでしょう。
アメリカでは昨今の過激なポリコレによって、ストレートの男性がトランスジェンダー役を演じることに批判が殺到して俳優が映画を降板したなんていう実にくだらない事件がありましたが、そんなご時勢でもトランスジェンダーの凪沙を完璧に演じきった草なぎ剛さんに、最大限の賞賛を送りたい気分です。観終わった後では草なぎさん以外の配役は考えられないほど、見事な演技だったと思います。
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男性として生まれたが性自認は女性であるトランスジェンダーの凪沙(草なぎ剛)は、性転換手術の費用を貯めるためにショーパブで働きながらコツコツと貯金をしていた。ある日、とある事情から親戚の中学生である一果(服部樹咲)を預かることとなった。最初は一果に対して素っ気無い態度を取っていた凪沙だったが、一果が好きなバレエを通じて心を通わせ、いつしか二人の間には母子のような愛情が芽生えていくのだった。
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この映画は全編を通して、ひたすらに美しい描写が続きます。登場人物の1つ1つの所作、映る背景、心模様など。全てにおいて美しく、尚且つ自然体に見えます。
演技が凄い自然体なんですよね。声を全く張らないし、身振り手振りもあんまり無い。だからこそキャラクターがそこに生きているような感覚が感じられる。
「トランスジェンダー」という要素も活きていたと思いますし、今作でデビューする新人の服部樹咲ちゃんの見惚れるように美しいバレエ演技も、ラストシーンに非常に映えていて本当に素晴らしかったです。
劇中には凪沙のようなトランスジェンダーの人たちが社会的に不利な状態に追い込まれたり、周りの人から理解が得られないなどの観ていて辛く感じるシーンも多いため、「LGBTQに対するネガティブな部分が詰め込まれたような映画だ」と今作を批判する人がいるのも理解はできます。しかし、それらのネガティブな部分もぼやかさずにキッチリと描写することで、これまでLGBTQを身近に感じたことの無い私のような人間にも凪沙の苦労がしっかり伝わってきました。監督はトランスジェンダーの方々に取材を重ねたり、脚本監修をトランスジェンダーの方に依頼するなど、徹底的な取材と手間に裏打ちされた「リアルな描写」が素晴らしかったと思います。
昨今映画業界ではLGBTQの方々への行き過ぎた配慮によって、逆に炎上や批判を恐れて「LGBTQやジェンダーの話題は避ける」という一周回って差別的な状態になってしまっています。そんな業界に風穴を空けるような、素晴らしい作品でした。
是非多くの方々に観て欲しい素晴らしい映画でした。オススメです。