「決して愉快な気持ちになる作品ではないが、何度も味わいたくなる一作。」ライトハウス yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
決して愉快な気持ちになる作品ではないが、何度も味わいたくなる一作。
サンダンス映画祭で絶賛された、ロバート・エガース監督の最新作。インディペンデント系の名作を数々製作・配給しているA24が手がけ、長編デビュー作『ウィッチ』(2015)で高い評価を得ているエガース監督作品ということで、いやがうえにも期待感が高まります。
だが、「確かに一筋縄ではいかない物語である事は分かる。映像も入念に計算されていることも分かった。でも何が言いたいのか分からない。一体本作の何が素晴らしいのか」と、鑑賞後も首をひねる人は少なくないでしょう。もっともそれも無理からぬことで、スタンダードサイズよりもさらに長辺を切り詰めた、ほぼ正方形の狭いスクリーンサイズ(さらに縦構図が多いので、画面の閉塞感がいや増している)、美しさよりも荒々しさ、醜悪さを露悪的に強調した照明と映像(モノクロームである上に、コントラストをかなり強めている)、さらにその嫌悪感を加速させるようなロバート・パティンソンとウィレム・デフォーの演技、といったように、エガース監督は、およそ観客の審美感覚を満足させるような要素を作中から(恐らく)意図的に取り除いています。
実は物語の筋としては、ある「タブー」を犯した若い灯台守が罰を受ける、とごく短く要約できてしまうもので、そこまで大きな「謎」は出てきません。それでも本作が極めてミステリアスな雰囲気をたたえているのは、作中のあらゆる場面、表現、諸要素が古今東西の文学、美術の引用、暗喩に満ち満ちているためです。さらにデイヴィッド・リンチ監督作品を彷彿とさせるような、現実と幻想の境界線を曖昧にした演出が物語の「とっつきにくさ」を加速させています。
灯台が象徴するもの、ウィレム・デフォーと『白鯨』のエイハブ船長といった分かりやすい暗喩もありますが、古典的な宗教画をそのまま取り入れた構図も多く、引用元が分からないと場面全体の意味が分からなくなる箇所も少なくありません。この点、例えばジョイスの『ユリシーズ』が、全編にちりばめられた要素を理解しなければ、単に男がダブリン市街を散歩している物語としか読めない、ことと似ています。
本作のパンフレット、公式ホームページはこれらについての解説がかなり詳細で、鑑賞後に一読したら、意味不明と思っていた場面にはこのような意味があったのか、という驚きの連続でした。鑑賞後もやもやしていた人もスッキリ、本作に心動かされた人はますます感動が深まりますので、できれば鑑賞後にこうした資料のご一読をおすすめします。また、インターネットの「画像検索」も場面の引用元を調べる上で意外に有用でした。
決して楽しい気分で劇場を後にできる映画ではありませんが、何度も見返したり資料を精読して、知的探究心を満足させたくなる作品であることは間違いありません。