劇場公開日 2020年2月14日

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「戦争の本質が浮かび上がってくる」1917 命をかけた伝令 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0戦争の本質が浮かび上がってくる

2020年2月24日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 世の中に戦争をしたい政治家が後を絶たないのは何故なのだろうかとずっと不思議に思ってきた。現代の大抵の国では政治家は選挙で選ばれるから、戦争をしたい政治家が当選するのは、戦争をしたい有権者がいるからだということになる。しかし戦争をしたい有権者というのがどうもピンと来ない。
 日本ではどうかというと、当方の乏しい人間関係でも、知己の中に戦争をしたいと主張する人はひとりもいない。直接の知己でない人やメディアで見た人を含めても、戦争をしたい発言をしたのは「戦争しないとどうしようもなくないですか」でおなじみの衆議院議員、丸山穂高くらいである。
 世界で言うと、イスラム系の闘士は「トランプに死を」などと主張して戦争する気満々みたいだ。彼らの間にはアメリカに対する怒りが沸騰していて、自ら戦場に行こうとしている。しかしそういう人は世界でもごく一部である。イスラムの国々で生活する女性や子供や老人は戦争をしたいとは思えない。

 イスラム戦士などを除けば、戦場に行きたい人などひとりもいないだろう。しかし若者を戦場に送り出したい人は沢山いる。アメリカの軍需産業がその筆頭であり、そこから支援を受けているトランプは既にあちこちに火種を撒き散らしている。トランプのポチとして尻尾を振っているのが安倍晋三の一味で、この1月には自衛隊員を中東に派遣してしまった。
 こういう人間たちは、現実の戦争がどれほど悲惨かを知らず、最前線の現実がどれほど厳しいものかを知らない連中である。自らは戦争の現場に行かないから、将棋の駒を動かすように好き勝手に人を動かす。生命を失うのはいつも前線の兵隊だ。

 戦争を知らない人間が戦争をしたがる。だからいつの世も、戦争の現実がどんなものかを知らせるために戦争映画がある。中には戦争を礼賛するような英雄映画もあるが、大抵の戦争映画は悲惨な現場をリアルに伝える。トランプも安倍晋三もそういうリアルな戦争映画を観たことがないのだろう。仮に観たことがあるとすれば、よほど想像力が欠如しているに違いない。想像力のない人間は他人の痛みを百年我慢できる。
 彼らに投票する人々もまた想像力のない人々である。ドナルド・トランプにも安倍晋三にも想像力が欠如していることは彼らのひと言ふた言を聞くだけですぐに解る。それが解らないか、敢えて解ろうとしない有権者が多いということだ。
 ヒトラーが人心を掌握して選挙に大勝したのは、メディアを操作して大衆の不満と怒りの矛先を上手く誘導したからである。情報が与えられない状況でヒトラーの雄弁な演説を聞かされ、想像力と思考力に欠ける大衆はまんまと愚かな集団になってしまったのだ。そしていま、いくつかの先進国で同じことが起ころうとしている。もちろん日本もそのひとつだ。

 ドイツが二度も世界大戦をはじめた国だからといって、すべてのドイツ人が好戦的な民族だとは思わない。ドイツにはカントやショーペンハウエル、ニーチェ、ハイデッガーなどの哲学者、ゲーテやヘッセなどの詩人、マルクスやエンゲルス、マックス・ウェーバーなどの経済学者がいる。政治家ではビスマルクが有名だ。文化も精神性も多様な国なのである。個人主義が徹底していて、レストランでは客も接客係も同じ人間として対等だ。日本のサービスのようにヘイコラしない。客としては満足感は低いが、そういうところで自尊心を満足させるという精神性はドイツ人にはないのだろう。悪く言えば無神経、よく言えば質実剛健なメンタルである。

 本作品もリアルな戦争映画のひとつである。戦場では死は日常であり、無造作に転がる死体は見慣れた風景だ。映像技術が日進月歩で進んでいるから、現在の戦争映画の生々しさは半端ではない。日常生活で目にしたら腰を抜かすだろうし、場合によってはトラウマになるかもしれない。
 戦場ほど死が身近な状況はない。彈はヒュンヒュンと飛んでいるし、草叢や物陰には敵が潜んでいる。殺されないためには殺すしかない。死に慣れることが戦場を生き延びるために必要なことなのだ。
 映画そのものは大変よく出来ている。臨場感もあり、リアリティもある。長回しの撮影で、塹壕が長々と伸びている場所に兵隊がひしめき合っていることも解るし、第一次大戦の肉弾戦の様子も生々しく伝わってくる。主人公の幸運と諦めずに突き進む意志の力が物語を前に進めていく力強い作品だ。
 本作品を英雄物語として受け取るのは、少し違うと思う。登場人物の会話から、当時のイギリス軍では功労のあった兵士にメダルを贈るらしいが、主人公はメダルに重きを置いていない。その点は、同じく第一次世界大戦を扱った映画「再会の夏」のジャック・モルラックにも似ている。本作品はイギリス映画で「再会の夏」はフランス映画だ。どちらの映画も戦場での功労を否定する兵士を描いた。戦争を一番否定しているのは最前線の兵士であるということだ。その点から本作品を観ると、戦争の本質がおのずから浮かび上がってくる気がする。

耶馬英彦