劇場公開日 2021年2月11日

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「真っ青な空を見上げて 誰かのこと思ってますか?」すばらしき世界 わたろーさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5真っ青な空を見上げて 誰かのこと思ってますか?

2021年2月11日
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 公開時期的に否が応でも「ヤクザと家族 The family」と比較せざるを得ないんですけど、どちらも素晴らしい作品です。

 ヤクザと家族は文字通りヤクザの世界、ヤクザの視点から社会を描き、年月の経過により居場所がいなくなっていくという話なんですが、今作はどちらかというと社会の側から、元殺人者、元反社と関わりのある人間を受け入れることができるのか、その不寛容さによりスポットライトをあてているなと思いました。

 西川美和監督の作品は、「ディアドクター」「夢売るふたり」「永い言い訳」は見ています。印象としては、象徴するものをあえてカメラに写すことで作品全体の奥行きを増やす、分かりやすい結末にしないところが非常に良いなと思っています。『居場所探し』『真の意味での幸福追求』というのも作家性としてあると思います。

 今回もその作家性が炸裂していました。たとえば、冒頭の服役を終えて出所するシーンの扉が最後まで閉まるのをあえて映さない、看守のバス停への送迎の際、バスに乗り込んだ主人公から看守が見えなくなるまではあえて映さない、そのぶつ切り感が、開かれているようで開かれていない、明瞭なようで希望があるようで遮断されることを暗に示しているように思いました。

 東京タワーとスカイツリーの対比も面白かったです。主人公が過去の思い出がある場所に向かおうとするときには東京タワーを映し、未来へ向かおうとする時はスカイツリーを映していました。スカイツリーは服役中、つまり外界から離れていたときに完成したもので、用いたのではないかと思います。

 空の移し方も良かったです。ネタバレにならない程度にしますが、主人公が社会に適合しようとするとき、円環のような雲が映るんです。主人公の未来が明るいように見えて実はまだ闇が迫っていることを示すようにも見えるし、主人公を受け入れてくれる人の周りにはそうはさせてくれない厚い層があると示しているようにも見えました。

 そして嵐が起こり、主人公は愛想笑いという成長を見せたとも言えるし、でもその前の行動は成長してないようにも映った後のラストシーン。そう終わらせてしまうのかというのはやや不満でしたが、ラストカット真っ青な空にタイトルバック。果たしてこの世界はすばらしき世界なのか…と余韻を残す素敵な演出でした。

 何をもってすばらしき世界なのか問題なんですけど。割と自分は性悪説論者で、生まれつき誰しもが誰かを意識的に傷つけたい欲を持っていると思っています。蚊を殺したときのスッキリした気持ち、スクールカースト、マウンティング…などなど。

 今作では生育環境も影響するのではないかという示唆、更生するのは非常に難しい(難しくさせてるのは社会)という示唆がなされています。自分は子どもと関わる仕事をしているので、生育環境が影響しているというのは真っ向からの否定はできません。それでも、救いたいと願う人たち、施設の取り組みがあるわけですが、拾いきれない子どもがいるのも事実です。更生というのもかなり難しいと思っています。自分自身が何歳をきっかけに性格がまるっきり変わったという経験をした覚えがないからです。

 でも、この映画を見て、だからといってその全てを切り捨ててしまっていいのかというのは改めて思い知らされました。ネタバレを避けるためにぼやかしますが、主人公にコスモスをプレゼントした同業の男性がいて。周りの同業の人たちはとあることをきっかけに彼を影でバカにするシーンがあって、非常に辛いところなんですけども。主人公は彼に自分を重ねたんだろうと思います。本当なら今までのように暴力を振るって分からせてやりたい、でも社会に適合するためには愛想笑いするしかない…というのが辛くて辛くて。このあと主人公はどんな想いでコスモスの香りを感じたのか、ほろ苦い余韻が残ります。

 とはいえ、ラスト主人公をそうして終わらせるのか…というのはちょっと残念。あと、長澤まさみが演じるキャラクターがややノイズというか、元殺人者をどういう立ち位置で見ていたのかが結局周りと変わらないんだったらうるさいだけだなーと思いました。面白がるんだったら最後まで面白がれよと思いました。あと、役所広司さんの熱演は素晴らしいのですが、ややセリフが聞き取りにくいところがあったのも残念でした。

 とはいえ、西川美和監督の作家性を楽しむ映画としても、ヤクザと家族の別の視点から考える映画としても非常に良くできた一本だと思いました。

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わたろー