だってしょうがないじゃないのレビュー・感想・評価
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みんなが幸せになる社会がいいなと改めて感じた作品
まことさんと監督の寄り添う感じがとても良かったです。
自分の親族に障がいを持っている方がいたら…自分だったらどうするかな?と考えました。
障がいがあるとか、病気があるとか、それも一人の人間だとお互い認めあって、生きていける社会になってほしいなと思いました。
まことさんが幸せと感じられる人生送ってほしいなぁ…
とてもいい映画です
障害者というと不憫とか、かわいそうという暗いイメージがつきまといますが、自分もはじめはそういうイメージで見ていました。しかし見ているうちに、逆に周りで支えている人達が本人から元気をもらっている、そして見ているこちら側も知らない間に元気をもらっている、そんななんだか不思議だけど素敵な気分になりました。支えている周りの人々をハッピーにさせるそんな不思議な力を持ったまことさんと、それを取り巻く個性豊かな方々との心温まるハートフルなお話です。ぜひ続きを見てみたい!と思います!
しょうがないじゃない、と言いたい
「だってしょうがないじゃない」と言われると和田アキ子しか浮かばない歌謡曲脳である。
ADHDの映画監督が「いとこ違い(最初は再従兄弟だと勘違いしていた)」の、広汎性発達障害を持つ男性と共に行動し、撮影したドキュメンタリー映画である。
最初は勢いで、しかもひとりで撮っているために画も撮りたいものも若干ブレているのが生々しい。手探りで始めた感がものすごい。後半になると別の映画か!という程に映像が決まっていくのが興味深い。ドキュメンタリーの撮影は難しいのだな。撮り直せないし。
広汎性発達障害という障害名はDSMではもはや取り扱われていない概念だが、本作の主人公たるまことさんは軽度の知的障害を伴う所謂「自閉症」。随所に拘りが現れる。服の扱い、決めた曜日にしか風呂に入らない、などなど。
障害年金を受け取り、ボランティアやヘルパーさんたちに助けられて暮らすまことさんの暮らしは一見穏やかで、日本の福祉も割とちゃんとしてるんだな、という面を感じる。しかしヘルパーさんもボランティアさんも、成年後見人たる「お姉さん(まことさんの従姉妹)も皆お年を召しておられるところに、やはり難しさを感じる。助ける側も助けられる側も高齢化。日本の縮図である。
私も大人になって発達障害と診断された。ASD/ADHDの混合型で、この映画でいえばまことさんと坪田監督を足して2で割った感じの特性だ(これ、かなり雑な表現なので、周りに発達障害のひとがいても決して適用しないでほしい)。
中々家から出られない様子、新しい場所をあまり好まない様子。先送り癖(だから観るのが最終日になっている)。私は知能指数こそ一般水準だが、常に生きにくさを感じているので、スクリーンに映し出されるあのふたりの感じに共感してしまった。
発達障害はなかなか理解されない。「病気のせいにするな」は私もよく思うことだ。しかし、ここで、「だってしょうがないじゃない」と思うのが大事だと思うのだ。
普通に生きていたって、誰の手も借りずに生きていくのは不可能だ。まして障害を抱えていれば尚更だ。ASDの場合は拘りも強く、人間関係が築きにくいのも厄介だ。
そういうまことさんの生活を丁寧に映し出し、彼なりの遠慮や葛藤をスクリーンにさらけ出し、そして監督自身の葛藤も曝け出す。いやなことを言うひとも居るだろう。理解されないこともたくさんあったし、あるだろう。
でも、しょうがないじゃない。
そう軽やかに言える社会でありたい。
最高のバディムービー!
まことさんと監督、発達障害2人の最強のバディムービーでした!
まことさんを坪田監督が独居から外へ連れ出す事で、監督自身と映画を観る私たちの視野を広げてくれる。
同じように独居でいる発達障害の人たちも周りに沢山いるだろうけれども、そういう人たちと社会がもっと繋がり持てるようになったら、私たちの物の見方も豊かになるだろうなぁ~。
不思議な感覚
本作品は、発達障害の人に「8050問題」が起こってしまった後の、一つのケーススタディということになるのだろう。
良い勉強になった。
まことさんは、会話のやりとりには全く問題がないし、おびえたり攻撃的態度を取ることもないし、発語に難はあるものの妄言するわけではないし、好んで家に引きこもりたいタイプでもない。
納得いかないことがあるのか、同じ動作を繰り返すことはあるが、別に問題があるわけではない。
どこか不思議な“マイペースに見える”人である。
しかし、自分の生活をマネジメントしきれないという問題を抱えている。
本作品は、そういうまことさんに、周囲の人々がどのように関わっているのかだけでなく、監督自らが参入して記録を続ける。
暖かい人もいるし、やむを得ないとはいえ、気の毒な扱いを受けるシーンも出てくる。
ドキュメンタリー作品に、(a)意図や思想を明確に示すものと、(b)映像を出して観客に自由に考えさせるものの両極があるとすれば、本作品は良くも悪くも後者なのか。
あるいは、“結局は、適当な施設に入ってもらうしかないのです”という結論なのか。
あるいは、もっと“露悪的”な作品に作れたのかもしれないが、そこは抑えたのか。
この映画もどこか不思議で、妙な均衡の上に立っている感じがある。
何をレビューしていいか分からない、“不思議な感覚”を覚える映画だった。
監督は、今も親戚としてまことさんと関わっているという。
当のまことさんは、この映画を通じて、人と関われたのが嬉しかったそうだ。
とりあえず喜んでいるとのことなので、その点は良かった。
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