「太宰本人が見たら喜ぶかも」グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
太宰本人が見たら喜ぶかも
ケラリーノ・サンドロヴィッチこと小林一三が脚本、演出した芝居「修道女たち」を下北沢の本多劇場で観たのは2018年の11月だ。修道女たちの口癖が「悔い改めなさい」と「悔い改めます」で、「アーメン」の代わりが「ギッチョラ」である。何かが起きるとすぐに祈り、どうにもならないことがあるとまた祈る。祈ってばかりの修道女たちが哀れに笑えるコメディだった。
去年2019年の8月には日比谷のシアタークリエでケラリーノ・サンドロヴィッチ脚本の「フローズン・ビーチ」を観劇した。こちらはそもそも脚本にかなりの無理があった。芝居は典型的な人物が典型らしく振る舞うことでダイナミズムが生まれて物語を進めるエネルギーとなるものだが、不自然すぎるリアクションが続くとリアリティが欠如してしまう。笑える場面はいくつかあってそれなりには楽しめたが、心に残るものが何もなかった芝居だった。
本作品も笑える作品ではあるが、やはり脚本が破綻している。途中までは太宰治の原作に忠実で面白いのだが、それ以降がいけない。原作の世界が急に壊れはじめ、サンドロヴィッチワールドに変わってしまう。太宰の、人間という存在そのものを笑うというスタンスが、下世話な楽屋落ちみたいな笑いにスライドしてしまったのだ。これはもう笑えない。
主演が飄々とした演技の大泉洋だからなんとか作品として保ったが、映画が役者の力量に頼るようでは心許ない。太宰の物悲しい笑いを期待した分、落胆も大きかった。ただ小池栄子の演技は見事で、声が汚い、細いのに怪力、驚くほど大食いで、しかもすごい美人という、太宰の無茶振りみたいな想定がこれほどハマる人も珍しい。巨乳というおまけもあって、太宰本人が見たらたいそう喜びそうだ。その想像が一番笑えた。