「静かな映画なのに、大きな衝撃を受けた」種をまく人 津田桜子さんの映画レビュー(感想・評価)
静かな映画なのに、大きな衝撃を受けた
今までに経験のない後味を残す映画だった。
見終わって2週間も経つというのにずっと考えてしまう・・・知恵と光雄の幸せを祈らずにはいられない。
スティーブン・キングのミストも、頭から離れない映画で、何ともやるせない映画だったが、ミストとの違いは、ミストには絶望感が残り、種をまく人はやるせない気持ちの中にも希望と祈りのような感情が残ったこと。
どちらの作品も、人間というものをよく描いているなと思う。
誰のことも責められないからこそ苦しい。
知恵の母・葉子から想像するに、きっと母からの深い深い愛を受けずに育ったと思う。それでも、自分はそういう親にはなりたくなくて、愛に満ちた幸せな家庭を築きたいと裕太と結婚した。
それは裕太が、障害のある弟と、純粋な心ゆえに心を病んでしまうような兄、そして他にも障害がある親戚がいるから自然と育まれる優しさや愛を持っていて、葉子が欲しい愛情を裕太に見つけたのだと思う。
そして、愛おしい娘二人が生まれ、幸せな家庭だったのに、ある事件からそれが崩壊しかけて行く。
でもきっとその前兆はあったのだと思う。
葉子は障害をもって生まれて来た次女の一希に、母親としての責任やこの子を守らなければという強い気持ち、母親だからこその様々な感情によって、結果的には知恵に厳しくなったり、一希中心の家庭になってしまったのではないか。
もちろん母の葉子としては、長女の知恵のことだって同じように愛していて大切なのに・・・長女の知恵は自分のことを分かってくれていると思っていたのだと思う。近過ぎて、自分の分身のように思って、知恵にも人格があることを忘れていたのか。いずれにしても、知恵の心の陰りに気付くことが出来なかった。
信じていた裕太が、一希の誕生の時に言った言葉によって、信頼にヒビが入ってしまった。
葉子も苦しみながら、一生懸命生きていたのだと思う。
でも裕太は、一希が生まれて来なければ良かったとは微塵も思っていなくて、だけど障害を持つ子を育てることの大変さ、きれいごとでは済まない現実を知っているから、複雑な想いが裕太に「ごめん」と言わせてしまったのだと思う。
知恵は妹の子守を頑張ったのだと思う。
そして、わざとではないけれど妹を落としてしまった。
その瞬間はパニックだったはず。大好きな両親に見捨てられる、どうしよう、自分は一希を妬むこともあったから、本当はわざと落としてしまったの?グルグル頭をまわり、混乱していたのではないか。
恐怖のあまり、光雄に救いを求めた結果が、光雄のせいにしてしまうことだった。だから、知恵が一番傷つき苦しんでいると思うけれど、心を閉ざした知恵に本当に寄り添うことが出来たのは、やっぱり深い愛を持っている裕太だった。
光雄は、きっとガラスのような繊細な心の持ち主で、心を病み、さらに人の痛みが自分の痛みとして伝わって来てしまうほど感受性豊かでピュアな人間だのだと思う。
事件が起こる前日の夜、知恵との会話の中で、きっと知恵の心の闇に気付き、光雄はとても心配し、自分のことのように胸を痛めたに違いない。
過失か故意かなど関係なく、一希を死なせてしまった責任を感じ、そんな罪を可愛い姪に背負わせてしまったことに、どれほど苦しんだだろう。
一希という大切な存在を、自分のせいで失っただけでなく、知恵のこと、裕太一家のことを考えると、どれだけ苦しかったか・・・知恵が自分に罪を着せたことなど、きっと何とも思わなかったのではないか。あるいは、甘んじてそれを受け入れたか・・・
一希を弔う行動の中で、きっと神に祈り続けたと思う。
その祈りが神に通じたかのごとく、空からあの不思議な音が聴こえて来た瞬間、私も映画に吸い込まれて不思議な感覚になった。
一番最後の場面で、知恵が振り返ったひまわりの中に、一希の姿を見つけたのだと思う。
そして、一希が天真爛漫な笑顔で、知恵に語りかけたのだろう。だからこそ、ようやく知恵の表情が明るく変わったのではないか。
あの家族には、まだまだ越えなければならない山があるけれど、きっとやり直せるはず。
光雄の心の傷も癒える日が来て、いつかまた笑顔で裕太一家と再会して欲しい。
この映画を見て自分なりに背景を考え、最後は「幸せになって」という祈りになった。
もう一つ・・・この映画に感謝したいこと。
それは、自分の子育てに対して・・・
自分で生んだ子でも、別の人格があり、幼くても一人一人に感情があるということ。こんな当たり前のことを忘れて子育てしていたことに気付かされた。
保育園の先生が言っていた「過保護ではなく、お金をかけることでもなく、手間をかけること」という意味が分かった気がした。
映画を見終わって、子ども達の顔が違って見えた。
子どもの声がちゃんと聞こえて来た。私は何をしていたの?
仕事も大事だけれど、目の前の子ども達を見ていなかった・・・と、はっとした。
良い映画や絵画、音楽・・・そういうものに触れて、感性を鈍らせないようにしたい、改めて思った。
感性が鈍ると、自分の人生は味気ないものになってしまう。家族の大切さが当たり前になってしまうほど、鈍い人間になってしまう。
深く深く色々なことを考えさせられた。