「このふたりの人間」2人のローマ教皇 りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
このふたりの人間
タイトルに示される「2人のローマ教皇」とは、前ローマ教皇ベネディクト16世と現ローマ教皇フランシスコ教皇のこと。
ふたりの確執と、それぞれの過去、そして未来への物語が、ふたりの対話を通して描かれます。
前教皇は保守派、現教皇は革新派と言え、確執は2005年のコンクラーヴェ(教皇選挙)の時から描かれます。
このコンクラーヴェの時は、ふたりはどちらも枢機卿であり、結果として、ラッツィンガー枢機卿が選ばれ、教皇ベネディクト16世となる。
なるほど、名跡襲名みたいなものなのね。
ラッツィンガー枢機卿→前教皇ベネディクト16世、ベルゴリオ枢機卿→前教皇フランシスコだ。
前者をアンソニー・ホプキンス、後者をジョナサン・プライスが演じていて、どちらも素晴らしい。
ふたりが面会し、対話するきっかけとなるのは、2012年、カトリック教会が性的虐待スキャンダルで揺れている中で、教会側の方針に不満を抱いているベルゴリオ枢機卿がベネディクト教皇に辞任を申し入れにいくところから。
辞任しようとしているベルゴリオが、最後には教皇ベネディクトの告白を聴き、赦しの秘術を与えて、立場が入れ替わるまでに、ふたりの過去が描かれていく話術も申し分ない。
特に、分厚く描かれているベルゴリオの過去、若い時分の愛する女性との別れと、教区主任になってからの軍事クーデター後の独裁政権に図らずも与しなければならなかった過去は見応えが十分。
彼が口にする「妥協ではない。変化したのだ」の台詞も心に響く。
対して、ベネディクト教皇の過去はややあっさりと描かれており、教会による性的虐待に対する隠蔽(というか、日和見的で事なかれ主義的な対応)については明確に描かれているが、教皇就任直後から人々に口端に上る「彼はナチスだ」についてはあまり明確には描かれておらず、そのあたりはもどかしく感じました。
(気になったので調べてみたところ、彼が10代の頃の第二次世界大戦下のドイツでは、少年期にはヒトラーユーゲントに属さなければならず、彼もその一員だった)。
と、このような重い題材であるにも関わらず、映画は全編をユーモアを交えて描いており、軽みのなかで活きる「人間ドラマの重み」が感じられて素晴らしい出来栄えでした。
赦しの秘術を受けたベネディクト教皇が、奥の涙の間から観光客が屯する表の礼拝室にあらわれ、皆の取り囲まれるシーンは微笑ましい。
セキュリティスタッフが駆けつけようとするのを制して言うベルゴリオの台詞がこれまたいい。
「このままでいい。彼は幸せなのだから」
最後に、この映画を観てカトリックが説く愛についての自分なりの考えをまとめると、
愛すること=相手のことを受け容れ、理解すること、そして赦すこと。
愛されること=理解され、受け容れられ、赦されること。しかし、赦されたからといって、これまでのことがなかったことになるわけではなく、そこから、より善きひととなるスタートに立つ、ということ。
赦しの秘術を与えたベルゴリオも、同時に、より善きひとになり、善き世なるスタートに立ったわけである。
原題「THE TWO POPES」、「このふたりの人間」というタイトルもシンプルで力強く感じました。