「ヘンリー五世のアイドル映画」キング 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
ヘンリー五世のアイドル映画
予算をかけてシェークスピアの史劇を歴史大作にしようとした結果、ティモシー・シャラメのアイドル映画というか、いっそヘンリー五世のアイドル映画のような恰好になってしまったという印象を受けた。
シェークスピアの戯曲原作には詳しくないので対比はできないがこの作品を観て、演じているティモシー・シャラメがあんなにも妖しげで魅惑的なのに主人公であるヘンリー五世からまったく魅力を感じられないというのが感想として大きかった。何しろヘンリー五世(以後ハル)による政治的手腕はすべて周りからの「感化」によって得られるものに過ぎず、彼自身が彼自身の手によって何かを成そうという実感が貧弱だ。放蕩息子だった彼が王になるというのも彼自身の意志ではない周囲からの感化であるし、フランスと戦争をすることにしたのも同様。その戦術に至ってはジョン卿に頼りっぱなしで、私の目にはハルはただの無能にしか映らないし、映画にとってもただの狂言回しとしての役回りしか果たせていない。それを「若きハルが王として成長する」なんて生易しい言葉で擁護するのはひどく退屈なことでしかないのに、映画はハルをお飾りの王として擁護しお膳立てをし彼に手柄を与えてしまう。その結果ヘンリー五世のアイドル映画ないし演じているティモシー・シャラメのアイドル映画然としてしまった、という印象を受けた。
だからクライマックスでフランス王妃から厳しい指摘を受けるシーンで少し安堵を覚えた。あぁこの映画は度量のない若き王が周囲の影響に流されるまま王として統制を取り、間違った道へ突き進んでしまう愚かしさと若さゆえの無能さをめいっぱい皮肉ったものだったのかもしれないと一筋の光明を見つけたからだ。もしかしたら読んだことのないシェークスピアの戯曲にはそういうアイロニーや風刺が込められているのかもしれないと思いつつ、仮にそうだとしても、クライマックスに至るまでの展開でハルがお飾りの王であることが見え透いている以上、クライマックスのどんでん返しも効果がなく、フランス王妃からの厳しい指摘を受けてようやく王として開眼したとしても、やっぱり私の目には彼はあまりに魅力のない人物であることに変わりはなかった。
唯一旨味のある人物ってハルのために命を落とした友ジョン卿だったと思うし、いっそ彼を主人公として、ヘンリー五世の背後で密かに政治的手腕を発揮していた男の物語にすれば面白かったのに・・・なんて思っていたら、エンドロールでジョン卿を演じたジョエル・エドガートンが本作の製作と脚本に携わっており、ただ自分にとってオイシイ見せ場を作っただけの話だったと分かるや、私の気持ちは「そういうことをするから物語のバランスが崩れるんだよ!」という苛立ちに変貌した。
あぁ、私はただこの映画を見て「ティモシー色っぽい!格好いい!」って書きたかっただけなのに。