劇場公開日 2021年5月28日

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「田中泯が出ているのにこれほど詰まらないとは」HOKUSAI アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)

2.0田中泯が出ているのにこれほど詰まらないとは

2021年5月29日
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鑑賞方法:映画館

4部構成の伝記風の作りになっている。90 年もの人生を送ったため、話を絞るためであろう。だが、北斎の人となりを描けていたかといわれれば素直には認めがたい。画家の一生自体が面白いかという問題である。ハリウッド映画のように 15 分ごとに盛り上がるシーンを用意するという訳にも行かないので、起伏の少ない話に陥るのは避けられない。それを脚色するのが脚本家の腕前だと思うのだが、この脚本家は力量不足ではないかという懸念が終始付き纏い、結局晴れることはなかった。隣の席で見ていた客がいびきをかいて寝ていたが、無理もないと思われた。

話の起伏を共演者の方に頼っているのがまず肩透かしである。最初は蔦屋重三郎や歌麿に頼り、後半は柳亭種彦に頼りっ放しである。蔦屋の従業員が滝沢馬琴だったという説明もなく馬琴が登場するのも面食らわされる。最初は大した絵が描けなかった北斎の若い頃を描いているが、雑で乱暴である。写楽に食って掛かる場面など、画才も十分でないのに何を偉そうにという反発心しか感じられないのでは描き方として失敗ではあるまいか?

ダ・ヴィンチとミケランジェロとラファエロの関係になぞらえてみれば、当然互いに競争意識は持っていただろうが、相手を面前で貶すなどということをするわけはなく、相手の技量を認めた上で刺激され、自分の技量を高めたはずである。写楽に食って掛かる北斎は見苦しかった。その後の精進と実力の開花の描き方も伝わるものがなく、着衣のまま海に入っただけでいつの間にか売れっ子になっていたというのでは、観客は疎外感しか味わいようがないのである。

映像はかなり異色だった。歌麿の居座っている吉原の部屋の内装にデカデカと描かれていたのは、どう見ても伊藤若冲の鳳凰図をモチーフにしたもので、京都から一歩も出なかった若冲の作品が、江戸の吉原の内装に使われていたという描き方には非常に違和感を覚えた。北斎の画業の上達を波の絵を通じて示そうという意図のように見えたが、神奈川沖浪浦を描いたのは 70 歳過ぎの話であり、晩年に差し掛かった頃の話で、85 歳で旅先の信州小布施で描いた「男浪」「女浪」の天井画で完結させるというのはやや強引である。どうせなら同じ小布施で描いた「鳳凰図」と「龍図」の方が締めに相応しかったと思う。

波乱といえば、火事の多い江戸で 93 回も転居したのに火事に遭わないと自慢していた北斎が、75 歳の時に遂に火事に遭って多数の作品を焼失したのだが、その話が映画で全く描かれてなかったのは何故であろうか?

柳亭種彦が武士の身分でありながら幕政をネタにした本を出版したために上司から咎められるという話は史実であるが、あの結末は盛り過ぎである。享保の改革で自作が問題視されたためにショックを受けて病死したというのが有力な説である。それにしても、この種彦はまるで Facebook の言葉狩りでアカウントを抹消するぞと脅されるユーザを彷彿とさせた。実に理不尽な話であると我がことのように腹が立って仕方がなかった。

役者は実力派を揃えてあり、特に晩年を演じた田中泯は良かったが、高価な岩絵具を粗末にするような演出には首を傾げたくなった。後半の娘役で出演していたのがこの映画の脚本を書いた人物だそうである。田中泯の出る映画につまらないものはないと思っていたが、ついに例外が出来てしまったようで残念な思いに駆られる。音楽はない方がいいくらいであった。監督は劇場版の「相棒」などで知られた人だが、今時スタビライザーも使わない手持ちカメラでの撮影など、何の趣旨があるのか解しかねる演出であった。脚本が悪いといくら監督が頑張っても良くはならないというのを再認識させられたような気がする。
(映像3+脚本1+役者4+音楽1+演出2)×4= 44 点。

アラカン
アラカンさんのコメント
2021年7月3日

仰る通りです。

アラカン
pipiさんのコメント
2021年7月2日

まったく同感です。
役者さん達が不憫でならないし、
それでもプロの仕事を見せてくれた役者魂に敬意を抱きます。

pipi
アラカンさんのコメント
2021年6月9日

全く同感です!

アラカン
レモンブルーさんのコメント
2021年6月9日

本当に田中泯さんの無駄使いだったと思います!
それとプルシアンブルーの意味を北斎や浮世絵に詳しくない方が見て、なんのことか分かったのかとか思いましたし、あの北斎が、貴重な絵の具を無駄にするような演出には呆れました!

レモンブルー
アラカンさんのコメント
2021年6月2日

全く意図が分かりませんでした。何の効果もなかったと思いますし。

アラカン
たまるるさんのコメント
2021年6月2日

私もカメラの手ブレには閉口しました。何か意図でもあるのかと思いました

たまるる