「少年は初めて世界を自分の目で見てみた」ジョジョ・ラビット 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
少年は初めて世界を自分の目で見てみた
いきなり「ハイル・ヒトラー!」を叫ぶ少年の姿に面食らってしまう。ヒトラーを空想の友人として崇める少年を主人公にした物語だなんて、冗談でやるには悪趣味すぎるし、本気でやるにも綱渡り過ぎるなんとも危険な設定。好意的に取れば「挑戦的」だけれど、考えようによっては「不道徳」と言われても仕方がない。私自身、そのシリアスな設定と喜劇的なタッチのバランスにずっと居心地の悪いような気分を覚え、どうやって受け取るべきかと迷うようなところがあった。ブラックジョークと笑えばいいのか、不謹慎と怒ればいいのか。ただちゃんと最後まで映画を見れば、なるほどしっかりとしたテーマのある良い映画だと思えた。ブラックコメディのように始まった映画も、最後はフィールグッドムービーのような終点に落ち着いた、というような感じか。
少年はそれまで決して自分の目で世界を見ていたわけではなかったと言えるだろう。誰かから「世界はこうである」と言われていたのを鵜呑みにしたまま、それまで疑問を抱くことがなかった。そんな少年が、愛する母親がユダヤの少女を自宅に匿っていることを知り(さながら「アンネの日記」を裏表紙から読むような視点)、実際にユダヤの少女と交流を重ね、少しずつ世界を自分の目を見るようになっていく。そしてそれまで妄信していた価値観に疑問を抱き、今度は自分の価値観で世界を見つめていく、そういう少年の成長のドラマなのだ。ひとりの少年の目を通じて、ナチス支配下の世界がどういう社会だったかを描き、その社会の見え方が少年の価値観の変化によって変わっていく様子がとてもドラマティックだと感じた。
主役のジョジョを演じたローマン・グリフィン・デイヴィスがまたいい表情をしてくれて良かった。普通に見れば十分美少年なのだけれど(歪な歯並びもある意味すごくイギリス人らしい)、一度台詞を放ち表情を動かし始めるとこれが実にユニークでファニー。ずいぶんと面白い子役を見つけ出したものだと嬉しくなる。と同時に、すっかり母性愛の人となったスカーレット・ヨハンソンが作品を母なる愛で包み込む。若いころはセクシーでちょっと生意気な感じのする女優だった彼女が「マリッジ・ストーリー」も併せてすっかり母を演じるようになったことがやけに感慨深いと同時に、この作品の母であり、物語の母であり、母という存在を象徴するものとしてう靴しく君臨していてとても良かった。
最初は胸がざわざわするようなもやもやするような気がしていたものの、ラストシーンでぎこちないダンスをする少年少女の姿に心の解放を感じ「良い映画だった」とすっと思えた。