劇場公開日 2019年9月27日

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「深く読めるスリラー」サラブレッド 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0深く読めるスリラー

2020年7月11日
PCから投稿

サラブレッドとは血統です。
一般庶民の感慨として、世の中には、通らなければならない労苦をさらりとかわして、富や名声を得ている──と思える人がいます。
もちろん、じっさいには、そんなことは解りません。ひとかたならぬ努力を隠しているかもしれませんし、また、たとえすいすい生きてきたのだとしても、そんなことを無関係な他人が批判したり、羨むのは不適切なことです。

映画には、そのジレンマが描かれています。
アマンダ(オリヴィア・クック)は、賢いのですが、世渡りがうまくありません。簡単にいえば、何をやってもうまくいかない──と諦観しているタイプの女性です。経済的にも恵まれていません。
反対にリリー(アニャ・テイラー=ジョイ)は、要領がよく、リッチでもあります。

ふたりともきれいな女性ですが、その立場が外見にあらわれている──ようにも思えます。わたしたちは有名人に対して、その外観だけで「なんとなく~してそう」と身勝手な感想をもってしまうことがありますが、映画はそのイメージをうまく利用しています。

リリーはセレブ感のはなはだしい女性です。色白で、育ちの良さと同時に、そこはかとない悪意がある──ようにも見えてしまいます。
対してアマンダは、庶民的です。
基本的に愛嬌のある女優ですが、ここでは寡黙でとっつきにくい印象をもち、リリーにくらべると肌つやもすぐれず、恒常的な不満足を抱えている労働階級の外観をつくっています。

ふたりの印象は、それぞれの過去作からも地続きです。
ウィッチやスプリットやマローボーンのテイラージョイも、選ばれた感の高い、救われる役どころです。
また、監督は、ベイツモーテルでどこへでも酸素タンクをひいていくエマや、ぼくとアールと彼女のさよならの露命のレイチェルを見て、クックをキャスティングしたはずです。クックはなんとなく、気の毒なのです。

サラブレッドはその相対性を、スリラー映画として描いた映画です。
ただし、道徳へおとさないのが、この映画の優れた点だと思います。主犯のリリーは邪魔な継父をなきものにして、のうのうと人生の階梯をのぼっていますが、アマンダは、前科者になってしまうのです。
加えて、その構図=不公平が観衆にとって、たいして不満にならないところが、この映画のさらに優れた点だと思います。
リリーには良心の呵責がなく、アマンダもその境遇を受け容れています。投げやりなクックがとてもうまいので、テイラージョイの邪気が気になりません。

その顛末に、じわりとタイトル「サラブレッド」が浮かび上がってきます。
スリラーの形態を持ちながら、哲学的主題へ昇華している──個人的には、そう感じます。
まったく違う話ですがシャブロルのいとこ同志のようでもありました。

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津次郎