ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん : 映画評論・批評
2019年8月27日更新
2019年9月6日より東京都写真美術館ホールほかにてロードショー
気高く、たくましい少女の血湧き肉躍る大冒険
なんて美しく、情感豊かな冒険活劇だろうか。血沸き肉踊り、艱難辛苦に戦慄し、祖父の名誉のため、見果てぬ北の大地を突き進む姿に、人間の原初の本質に迫るような感動と興奮を覚える。人は未知のことを知りたいと希求する、たとえどんな困難があろうとも、探求を諦めない強靭な精神こそが人間社会を前進させてきた。上映時間わずか81分のこの映画には、人生のなんたるかが詰まっている。
ロシアの富豪の娘サーシャは、北極航路の探索で行方不明となった祖父を探すためにたった1人家を飛び出し、北極点を目指す。1人では何もできない"お嬢ちゃん"が、様々な困難に立ち向かい、たくましくなってゆく展開は、ジュブナイル作品の王道だが、そのシンプルさが心地よい。
この映画を支えるのはヒロインのサーシャの魅力だ。貴族の優雅さ、気高さに加えて、チャーミングさや逞しさも兼ね備え、前人未到の北極航路に挑む勇気に加え、困難に陥る仲間を鼓舞するリーダーシップも見せる。初期宮崎駿作品のような無欠のヒロインに近い、強い精神性を持つこの少女が、1人では何もできない非力な存在としても描かれるバランス感覚も素晴らしい。サーシャが頼る船乗りたちや、同じ年頃の少年水平などの脇を固めるキャラクターも人間臭くて魅力的だ。
シンプルなキャラクターデザインは、かつての東映動画の名作群を思わせるが、古臭さは微塵もない。輪郭の実線がなく色面だけで構成された絵柄は、むしろ現在の日本アニメにも、CG全盛の米国アニメーションにもない独自の美しさを生み出している。パステル調の色合いも実に心地よく、後半の荒涼とした氷の大地の無機質な自然の厳しさも一層際立つ。
かつての名作アニメーションのようなノスタルジックな雰囲気に包まれつつ、名作文学のような格調高い気品も感じさせる。全編、全カット、宝石のような輝きを放ち、観る者全てに前に進む勇気を与えてくれる傑作だ。
(杉本穂高)