ミッドサマー : 特集
【祭り体験レポ】美しく謎めいた、一生に一度の“祝祭”に行ってきた
開催ペースは90年に1度! 白夜のスウェーデンで行われる独特な儀式――
意味不明の食事会、ルーン文字、踊り続ける女たち… あなたは参加できる?
「故郷の“祝祭”に一緒に行ってほしい」と、スウェーデン人の友人は目を爛々と輝かせて僕に言った。2018年12月1日、僕たちは新宿の映画館でアリ・アスター監督作「ヘレディタリー 継承」を見た後、赤ちょうちんがぶら下がる居酒屋で冷えたビールを飲んでいた。
「一生に一度の体験になるから」。友人の熱を帯びた声が、酔客のわめき声の合間を縫い、はっきりと聞こえてきた。僕も「一生に一度の体験」という惹句をとても気に入ったので、映画.com編集部の仕事の都合をつけて、半年後に開催されるその祭りへ行くことに決めた。
そう伝えると、友人は店員を呼び止めてビールをもう2杯注文した。僕たちは笑いながら乾杯した。
祭りの詳しい内容は教えてくれなかった。どうやら白夜のスウェーデンのある村で、夏至(ミッドサマー)に行われる祝祭らしい。開催ペースは実に90年に1度というから驚いた。
全くの新しい体験が、かの地で僕を待っている。半年後の出発当日(つまり19年6月ごろのことだ)、心地よく揺れる飛行機のなかでまどろみながら想像する“白夜の祝祭”は、まぶしく、美しく、そしてどこか恐ろしくもあった。
1日目:楽園のような村“ホルガ”に到着 祝祭が始まる
・フランクフルトを経由しておよそ15時間、ざっと8000キロの旅路を経て、ストックホルム空港に到着した。さらに車で数時間かけ、スウェーデンの中央部ヘルシングランド地方の奥地へと向かった。村は非常に辺鄙なところにあるようだ。
道中では、道行く女性たちに目が留まった。スウェーデン人は皆、美女ばかりだ。なぜだろうと思っていると、友人が「バイキングが世界中から美女をさらってきたからよ」と教えてくれた。
・ホルガ村に到着した。
車を降りて伸びをしていると、白い麻のシャツとズボンに身を包んだ白髪の男が、にこやかにこちらに近づいてきた。村の世話役だそうだ。
彼の背後には同じような服を身につけた村人たちがぞろぞろと並んでいて、一様に感じの良い笑顔を浮かべていた。彼らは家族のように連帯しながら、静かに生命を育んでいるという。
ホルガ村は理想郷といえるほど美しい土地だった。あちこちで色とりどりの花が咲き誇り、白夜の淡い太陽光を受け花びらをほころばせている。奥まった場所には先祖を祀る御神木があり、村の歴史が記された“聖典”を保管する書庫があり、小さな湖があり、そして雄大な山脈を望む形で三角錐の建物がある。
スマホの電波やWi-Fiはつながらないが、東京にいるよりずっと気分がよかった。僕はすぐに、ホルガ村が好きになった。
村の観光協会がPRサイトと動画を作ったというので、以下に置いておく。
・村の原っぱで、
ほかの国々から来たという数組の男女と出会った。最初に話したアメリカ人のダニーという女性は、民俗学を専攻する恋人クリスチャンらとともにやってきたらしい。ダニーは最近、家族を亡くしたと聞いた。気の毒で仕方がない。
原っぱで友人と座っていると、ダニーがトイレに駆け込んでいくのが見えた。と思ったら猛烈な勢いで出てきて、近くの森へ飛び込んでいった。
何が起こったのか気になったが、その後クリスチャンが追いかけ、彼女が森でぶっ倒れているのを見つけたらしい。今はすやすやと寝ているそうだ。彼女は深く傷ついているのだろう。救いがあればいいのだけど。
・村をぐるっと見物した。
こんなタペストリーがいくつもかかっているのを見つけた。意味しているものは判然としなかったが、物語のようであり、僕たちの運命を暗示しているようでもあった。
映画サイト編集者の職業病みたいなもので、「もしもこれが映画だったら、村の様々なものが、後の展開の伏線になるんだろうな」とぼんやり思った。よく観察すると、この村にはそんな“伏線を予感させる何か”が、とても多いことに気が付く。
白夜なだけに、夜11時にも関わらず昼間みたいに明るい。妙な気分だが、宿舎で就寝することにした。
それと、友人から「村や祝祭の内容を口外することは禁じられている」と釘をさされてしまった。極めて美しい風景や、謎のベールに包まれた村の習慣などを、日本の人々に伝えられないのが残念だ。1日目はこれで終了。
・こっそりとベッドを抜けだして……
好奇心のままに、村の様子をスマホで撮影したりメモして回った。檻に閉じ込められた熊がいた。そして書庫には、「ルビーラダー」という持ち出し厳禁の聖典が保管されているらしい。
そういえば昼間には、「愚か者の皮剥ぎ」「巨人ユミル」という言葉が不意に聞こえてきた。気になることだらけで、「これらは何なのか」と想像をめぐらせるだけでも、胸の高鳴りが止まらない。
鼻息をフンスフンスいわせながら写真を撮りまくっていたら、ペレとかいう村人に見つかってしまった。やばい。「口外はダメですよ」とやんわり注意されただけで済み、ホッと胸をなでおろした。
しかし奇妙なことに、それからずっと、誰かの視線を感じるようになった。
2日目:意味不明の食事会
・朝から食事会が始まった。2日目のスタートは湖のほとりでの食事会だった。ただの朝食かと思ったが、祝祭はすでに始まっているらしい。村人全員がテーブルの前に立っている。一向に座る気配がない。そよそよと風が吹き、僕たちの背後の草原を優しくなでていった。
友人に「いつまで立っている?」と聞いたら、「その時が来るまで」と返ってきた。気が遠くなるような、長い長い時間が過ぎた。やがて少年がおもむろにやってきて、鐘を鳴らすと、三角錐の建物から2人の人物が姿を現した。
これが“その時”だったのだろう。“三角錐から出てきた2人”が座ると、全員が座った。2人が食べれば、全員が食事を開始する。意味はわからない。しかし、まるでこの食事会が、2人に捧げられているかのようだった。
・司祭のような女性が
祝祭の説明をしているようだが、現地の言葉なので、僕にはよくわからない。太陽の光があたりを儚げに照らし出し、景色は神秘的な美しさを獲得する一方、現実感を喪失していった。
また気になることに、村の1人の女性が、ずっとこちらを見つめてくる。友人は「あなたに気があるらしいよ」と、いたずらっぽく笑った。そんなことある? 甘酸っぱい思いが胸にこみ上げてきた。
・村人たちによる催し物が始まった
太鼓やバイオリンの音色、村人たちの呪文のような掛け声が空に吸い込まれていく。見つめていると、なぜか不安や焦燥感が足元から這い寄ってくるのを感じた。
僕はふと思い立ち、ポケットのなかでスマホの録音機能を起動してみた。音声だけではあるが、読者の皆様にも祝祭の一端を味わってもらえればと思う。
・長い食事会が終わった。
太陽はまだ空高く君臨しているが、腕時計の針はとっくに寝る時刻を指していた。明日は、祝祭のハイライトとなる大掛かりな儀式が行われるという。その名も「アッテステュパン」。
どんなものかと聞いたら、村人たちは「とても重要な儀式だ」と言ったきり、口を閉ざしてしまった。友人の語る「一生に一度の体験」、その由縁があるのだろう。ベッドに入って、目を閉じた。
・就寝中、物音がした。
先ほど僕を見つめていた女性が、僕のベッドの下に何かを置いたようだ。彼女が去った後、何事かとのぞいてみると、ルーン文字が刻まれた石のようなものが置かれていた。一体、何なのだろう。思い返せば、このルーン文字は村の至る所に刻まれていた。
石碑、小屋の入口、広場に屹立する“メイポール”、村人たちの衣服。ルーン文字が理解できれば、それらが示す内容が把握できるのに……辞書を持ってくればよかった。疑問や謎が多すぎて、思考をめぐらせていたらすっかり目が冴えてしまった。
・何度も、絶叫する女性の声が聞こえた。
多分、ダニーがうなされているのだろう。ちっとも眠れやしない……。
きつく目を閉じ、この日あった奇妙な出来事を思い返していた。あの食事会や催しものに参加してから、僕はとてもナーバスになっている。もしかしたら僕は、とんでもないところに来てしまったのかもしれない。昨日感じた胸の高鳴りは、いつの間にか動悸に変わっていた。
3日目:幻想的な崖とポールの周囲を踊る女たち
・ようやくウトウトし始めたころ、友人に叩き起こされた。白夜の明るさもあって全く寝られず、脳みそには濃い霧がかかっていた。言われるまま、友人に村外れの崖へ連れて行かれた。くすんだ白い岩肌がターコイズブルーの空とコントラストを織りなす、幻想的な崖だった。
そこには偉そうなじいさんがいて、うやうやしく何やらのたまっているが、現地の言葉だったので何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
じいさんはちょうど、「ベニスに死す」の美少年タジオ(ビョルン・アンドレセン)が年老いたらこんな感じだろうな、といった風貌だった。そのうち、村人たちが崖の回りに集まってきた。アッテステュパンが始まった。
・とんでもないことが起きた。
とてつもなくショッキングな出来事だった。この儀式は常軌を逸している。ダニーたちは頭を抱えてうなだれ、イギリスから来たという若いカップルは鬼の形相でその場から立ち去り、宿舎で荷物をまとめていた。僕も同じような気分だった。
カップルの剣幕に村人たちは戸惑ったようで、希望者は明日、トラックで最寄りのターミナルまで送り届けてくれることになった。僕もそれで帰るとしよう。友人には悪いが、ひどく疲れてしまった……。
・しかし祝祭は続いている。
葉っぱや白樺の枝で飾られたメイポールの周囲で、花の冠を頭に乗せた女性たちが輪になって踊り続けている様子を見学した。ペールトーンの原っぱは、女性たちの嬌声と華やいだ雰囲気で満たされていた。
体力が切れ、倒れ伏した者は輪から外れていくようだ。よく見るとダニーも輪の中にいた。ダンスは、まるで夜明けにやってきた天使が生者をあの世へ連れて行く、みたいな踊りだった。
その周囲に村人たちが座り、見守っている。事あるごとに、手術前の医者みたいに突き出した両手をひらひらと振り、奇天烈な声援を送っていた。そしてみんな、決まって顔には笑みが張り付いている。僕の背筋が粟立った。限界だと思った。
・薄々感じていたが、
この祝祭には正直、言いようのない焦燥感や不安がつきまとっていた。まるで体の節々に黒い靄(モヤ)がまとわりつき、やがて体全体を包み、五感をすべて奪い去っていくような……。
・予定よりもずっと早く、
村人がターミナルに送ってくれることになった。友人はしばらく村に滞在するというが、僕は逃げるように迎えのトラックに乗り込んだ。道中でWi-Fiがつながるようになったので、こっそりメモしていた一連の出来事を、編集部にメールで報告することにした。
(※編集部各位 この続きは飛行機の中で書き、帰国したら送ります。さて、東京に着いたら、まずはなにをしようか……)
・以上の紀行文は
弊社社員から編集部宛にEメールで送られてきたこれらの文章を、編集部が独自にまとめたものである。同社員から最後に送られてきたメールは、以下のような内容だった。
以降、同社員からの連絡はなく、無断欠勤が続いている。