劇場公開日 2020年1月24日

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「上書きしましょう、アキさんを。」サヨナラまでの30分 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5上書きしましょう、アキさんを。

2020年2月3日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

冒頭の疾走するようなカメラワーク、一気に時間を共有させるその演出の上手さ。
「おれ、幽霊?」あたりでは、コメディ路線で行くのか、シリアス路線で行くのか半信半疑。ネガティブ思考の颯太と、超ポジティブ思考のアキの対比はありきたりで、熱量の高すぎる青春ものか?との懐疑心も、颯太が歌いだしたときに吹っ飛んだ。なに、こいつ歌うま!!って。それも、へえって微笑むくらいの上手さじゃなくて、涙がこぼれてくるほどだった。曲もキャラにあっていた。
展開は王道ゆえの安定感、そこにバンドメンバーの見事な成りきりぶり、ちょくちょく挿し込まれる切なさの予感。
いやがおうにも感情が高ぶっていく。

アキってウザいなあと思わせといて、「上手くいかなかったら、上手くいかすんだよ。」の台詞で引っ張っていく。
このご時世にカセットテープ?とこちらが失笑しそうな設定を、「あったかいだろ!」で納得させる。
アキの心情や、ストーリー展開を「百万回生きたネコ」の絵本や、曲のタイトル「真昼の星座」で暗示させる。
アキとカナの心の通い合うシーンを、"トロイメライ"でロマンチックに彩る。もしかして、かつて亡命していたホロヴィッツが何十年ぶりに帰ったモスクワで演奏した、あの名演を想起させようとしているのであれば心憎い。

颯太の身体を借りることで起こり出す肉体と感情のすれ違い。
その心情を、新田が繊細に顔に出す。しかも、絶妙な距離で。手から零れ落ちるようなタイミングで。
山崎まさよしとの共演「影踏み」のときとは真逆のキャラを演じる北村は、トラウマを克服していく過程の変化がいい。いつのまにかカナに恋をしているのも初々しく。
そんな二人の演じるアキと颯太が交互にカナと積み重ねていく新しい思い出は、カナにとっては、アキとのものではなく颯太とのもの。颯太のなかにアキを見つけて、颯太に心を許すということは、アキを忘れていくということなのだ。そこにお互いが気付いた時、徐々にお互いに対して嫉妬を覚えだす切なさもいい。
これじゃあどっちかが身を引く辛い結末が待つのか、と焦れながら、なるほどだからカセットテープなのか、デジタルじゃなくアナログなのか、って納得させる道筋は見事。ちょっと匙加減を間違えば嫌味になるところを、三人とも確かな終着点を見つけることができたラストはここち良かった。

栗太郎