劇場公開日 2020年1月10日

  • 予告編を見る

「英国における貴族の没落と存続。」ダウントン・アビー yuiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0英国における貴族の没落と存続。

2020年1月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

以下は、ドラマ版の『ダウントン・アビー』を観ないまま劇場版を鑑賞した者の目線で書いたレビューです。

鑑賞前は、果たしてドラマを未見で物語についていけるかどうか不安がありました。そうした観客のためか、映画の冒頭で召使いの女性による短い人物解説が挿入されていました。

登場人物は基本的に、それぞれの役割に応じた衣裳を身につけておりゆ(特に屋敷のスタッフ)、確かに最初はそれぞれの区別が付かず戸惑うことがありました。しかし時間が経つにつれて、人物の描き分けの巧みさからか、何となく個々の人となり、そして登場人物同士の関係が理解できるようになりました。この辺りは脚本の作りが非常に良かったことが起因しているのではと思いました。むしろ事前の解説は、登場人物に余計な先入観を与えているようにも思えたので、なくても良いのでは、とも思いました。

本作の本筋は、国王夫妻がダウントン・アビーを訪問し、立ち去るまでの顛末を描いており、進行は直線的で分かりやすく、ダウントン・アビーの領主、スタッフが知恵と工夫(そして若干の軽犯罪)で難局をくぐり抜けていくというあらすじの見立てを大きく外れるものではありませんでした。むしろ本筋に絡む人間模様の方が予断を許さない展開となっており、作り手側はこちらの方こそ見せたかったのではないかと思いました。上映時間の関係からか軽く触れる程度だった人物同士の言葉のやり取り、振る舞いの一つひとつに深い背景があるんだろうな、とその先を知りたくなります。映画を観てドラマに入る人はきっと多いでしょうね。

本作が扱った時代は、二つの大戦に挟まれた戦間期で、この時代の英国貴族の物語というと、カズオ・イシグロの小説(とその映画化作品である)『日の名残り』をどうしても想起します。『日の名残り』の語り手である執事スティーブンスは、かつてダーリントン卿という貴族に仕えていましたが、卿は第一次大戦後の戦後処理の過程で、陰謀に関与したという汚名を着せられて没落していきます。ダーリントン卿の姿は、時代に取り残された英国貴族の地位と誇りが崩れ去っていく過程を体現しています。

一方でダウントン・アビー、そしてそのモデルとなった貴族は、没落を身近に迫った現実として認識しつつも、何とか存続の道を探り、そしてダーリントン卿とは違う運命を辿ります。語り口の全く異なる二つの作品ですが、英国における貴族階級がどのように変遷していったのか、廃絶と存続の分岐点となったものは何か、に思いを巡らせずにはおれませんでした。

yui