「巨匠の本気を見た」ウエスト・サイド・ストーリー pipiさんの映画レビュー(感想・評価)
巨匠の本気を見た
これだけ名作の呼び名も高いこの物語を一体どうやって料理するのか?
ただ、スピルバーグ監督はオリジナル版を愛し、深い敬意を払っていると聞くから不安はあまりなかった。
また、スタッフ&キャストも長い年月、オリジナル版を大切に思ってきたメンバーばかりが集ったようである。
若い世代が受け付けにくい古臭さを現代風にするのかな?それとも完全に現代版?
などと考えているところに映し出されるはリンカーン・センター。
あぁ現代版かぁ、と思わせておいて実は精巧な絵。
未来の完成予想図であり、時代背景はやっぱりオリジナル版と同じ1957年のようだ。
タイトルシークェンスでは壊れた非常階段の映像。都市再開発の為に壊されていく街並みの中で生きねばならない人々の暮らしや人間関係までもが破壊されている象徴なのか。
振り付けは、ジャスティン・ベックのオリジナルだが、ジェローム・ロビンスを彷彿とさせる動きが頻繁に入るので違和感なく観ていられる。
最も有名だと思われる「例のポーズ」は思い切って割愛。
手にするはバスケットボールではなくペンキ缶。なるほど、なるほど?
(あのポーズ、バレエの「バットマン」というんですが。ここで削った代わりか全然別の箇所に「バットマン」って台詞が入りましたネ(笑))
最初の違和感はベルナルド。
「髭は要らないだろー」と思った。しかし、これこそが重要だったのだ!
(いや、別に髭の有無ではなくて)
スピルバーグ版は可能な限りの「リアリズムの追求」を重視していると思われた。
オリジナル版は、良くも悪くも「銀幕スターの映画」
なればこそ、ジョージ・チャキリスはめちゃくちゃカッコいい。当時、踊って演じられるプエルトリコ系役者が非常に少なかったという事情はあるが、実際にプエルトリコ系は2〜3人しか出演していなかったのだ。
また、街路はゴミどころか塵一つなくきれい。撮影は屋外よりも室内シーンが多い。ブロードウェイの「舞台」ではないが、「銀幕」の中もまた舞台に近い「非日常」の一つであったと言えるだろう。だからベルナルドは女性の熱視線が集まるようなイケメンが望まれた。
しかし、チャキリスはギリシャ系アメリカ人でありプエルトリコではない。リアリズムを求めるならばシャークスをまとめ上げるリーダーにはイケメンよりもパワフルでエネルギッシュなタイプこそが相応しいと言えるだろう。(髭ある方がそれっぽい)デビッド・アルバレスはまさにハマリ役である。
スピルバーグ版では、街路は敢えて埃にまみれさせ、人々の喧騒も生々しい。(今の時代では見かける事もない当時の外置きゴミ箱を200個集めるのに、古物商、フリマ、ネットオークション、スタッフは相当奔走したとか)
オリジナルでは夜の屋上だった「アメリカ」を昼の路上に引っ張り出し、最後には街中のプエルトリコ移民を巻き込んでの一大ダンスが繰り広げられる様は実に圧巻だ。本作は「人々の生の暮らし」が実に丁寧に描き込まれているのだ。
スピルバーグ監督は本作では「映画にしか出来ない事」「映画ならではの強みと魅力」「舞台では絶対に出来ない事」に非常にこだわっていると強く感じる。
また、今回はトニーがめちゃくちゃカッコいい。オリジナルではベルナルド&アニタが目立ちすぎてトニー&マリアに感情移入しにくかった。トニーはただの良い子ちゃんだし、マリアもウブな小娘だった。
しかしながらスピルバーグ版は違う!
トニーはリフ達同様荒んだ家庭環境の犠牲者であり、あわや人を殺す手前というトラウマ経験を持ち、刑務所で初めて「生きる意味」のようなもののカケラを意識する。なればこそ、「マリアとの出逢い」がより一層輝く。
「クール」をトニーに歌わせたか〜!
これは監督に喝采を贈りたくなった。
クレイグ・ボンドのようなパルクールを彷彿とさせる波止場での格闘は実にカッコいい。オリジナル版ではリフを殺されたジェッツを落ち着かせる為にアイスが歌うところだが、この場面で使ってくるとは。今回のトニーの高身長も旧作のアイスが重なる。
この場面によって、トニーが決闘現場に行かざるを得ない理由が生まれる。
この部分、マリアもオリジナル版より好感度が高い。旧作ではトニーになんとしてでも決闘を止めてくれるように頼むが、本作では一度は口にしても、その後トニーの身を案じて近づかないようにと心を変えた。清純な中にも若芽のような意志の強さが感じられて非常に良い。
トニーのみならず、今回はシャークスもジェッツも、いや、実は端役1人1人に至るまでも、詳細な人物設計、人生背景が創られている。
シャークスはアメリカで一旗揚げたいと夢を持って移り住んできた若者達だ。みんな、何らかの仕事を持ち働いている。
対して、ジェッツは白人系移民の子(主にポーランド。次にイタリア系が中心と思われ)。通常、白人達はとっくに良い仕事と生活環境を手に入れてこの街を立ち去っている。しかし、ジェッツはそうならなかった親の子供達だ。アル中、ヤク中、まともな仕事に就いていない親達に、愛される事なく育った子供達。だからジェッツの服装はゴロツキ風だし、シャークスの方がまだ身なりが良い。
オリジナル版はこのような詳細設定がなかったから、単に「反目しあう若者達というありがちな構図」「敵対関係の中で翻弄される悲恋」「憎しみあう事の虚しさ」「根深い人種差別」くらいの主題で終わっていたが
スピルバーグ版はそこに「人間として生きること」という深いテーマを織り込んだ。
「ジー・オフィサー・クラプキ」の歌はノリの良いコミカルパートとして捉えられがちだが、歌詞は虐待を受けている子供達を救うはずのシステムが、子供達をたらい回しにするのみで結局は機能していない事を痛烈に皮肉っている。旧作では路上で歌うが、本作ではポリスオフィスにてジェッツメンバーが「ちゃんと見てくれ、ちゃんと聞いてくれ」と大人に懇願する。ふざけていても、そこには彼らの本心が隠れている。オリジナル版と違い、ゆっくりとしたピアノ弾き語りから曲に入るので、笑わせるだけの場面ではないと気付いてくれる観客は増えるのではないだろうか。
カメラワークも良い!
オリジナル版はほとんど固定カメラなので、本作は比較にならない自由度の高さで新しい映像を切り取っている。
「ワンハンド・ワンハート」の教会シーン。「ダンス・アット・ザ・ジム」の色の洪水。いや「アメリカ」や「クール」の炎天下自然光でも、ヤヌス・カミンスキー撮影監督は光と影と色の魔術師か!と感嘆を禁じ得ない。
今回、全部フィルムで撮ってるんですよね。スピルバーグ&カミンスキーのタッグだから安心して見ていられますね。フィルム時代を生きてきた人達だもの。
「ダンス・アット・ザ・ジム」はマリアは白のドレスが当然だけど、アニタの黒も良かったねー。
他の女性が色とりどりの色彩だから、2人が見事に浮き立った。アニタのキャミソールの赤がチラ見えするのも「内に秘めた情熱」を思わせてgood。
コンクリートの廃墟で育ったジェッツは寒色、灼熱の太陽の元で育ったシャークスは暖色。無彩色はマリアとアニタだけだ。惹き立たせる意味もあるが「どちらの色にも染まらない」マリアとアニタの柔軟な感性、相手を受け入れる懐の広さ、深さを表していると思うのは考え過ぎだろうか?
音楽も、かつてバーンスタインが率いたニューヨークフィルだが、ドゥダメルが引き出すバックビートが柱となり、ジェッツはビー・バップに、シャークスはカリビアンミュージックになっている。
衣装やメイクの1つ1つのこだわりもオリジナル版とは違い、深堀りされた意味が加わっていて素晴らしい。
長くなってしまったけれど、最後にもう一つ言及したいのが「女性の描き方」
オリジナル版はどうしても男尊女卑の時代。女性の幸せは結婚がゴールで、社会を動かすのは男ばかりだった。
キャラが立っているのはアニタとマリア程度で他の女性は添え物程度だった。
しかし、本作では女性達もまた男性同様にしっかりと自分自身を持っている。「アメリカ」でも「アイ・フィール・プリティ」でも女性達の考え方や働き方が描かれているし、アニタがジェッツに襲われかけた時、グラツィエラが必死で助けようとする場面も実に考えさせられる。
性別と言えば、男子の仲間入りがしたい女の子だっただけのエニーボディズが本作ではノンバイナリーとして描かれているのは時代を感じた。
デビッド・アルバレス(ベルナルド)始め、皆、プエルトリコの歴史について非常によく勉強したそうだ。自分達のルーツについて誇りを持つ人が増えた事だろう。ロケを見学に来ていた役者さんのお母さんには、当時の苦労を思い出して号泣する人もいたそうだ。
ラストシーン。ジェッツもシャークスも協力してトニーを担ぐ。
愛を知らず、闇の中を手探りで進むように身近な「仲間」だけを頼りにしてきた彼ら。
そんな彼らの心に、初めて「光」が見えたのだろうか。
歩を進めるうちに、夜明けの光が彼らを照らしていく。
旧作では救いようのなかった悲劇の物語だが、スピルバーグは彼らの未来に希望という光を投げかけたのではないだろうか、、、。
他にもリタ・モレノについてなど、まだまだ書きたい事は尽きないが、今はこれで筆を置こう。
スピルバーグ監督、本当に素晴らしい新作をありがとう!
オリジナル版が吉兆の湯木貞一や北大路魯山人のように「日本料理の見事な型」を作ったとすれば、スピルバーグは山岡士郎や海原雄山のように、米一粒、大豆一粒、野菜も魚も真っ当に育った「本物」の食材集めに全力を注いだ。
「ご飯、味噌汁、鰯の塩焼き、漬物」献立の至高のメニューがオーバーラップした。
オリジナル版という金字塔の制約があるからこそ「映画を創る」とはこういう事なのか〜!という新たな視点・観点を学ぶことが出来た。
巨匠スピルバーグに脱帽である♪
かなわぬ願いとわかっているが、トニーもベルナルドもリフも死なない、幸せバージョンも観てみたかったなーw
美紅さん
コメントありがとうございます〜。
リメイク、リブートの手本のような本作でしたねぇ。
「映画を創る」という事の本質を改めて監督に学ばせて頂いた気がします^ ^
お久し振りです。
こちらのサイトに登録直後に、本作レビューで、
論客レビュアーであるpipiさんに共感&フォローを頂き、
ありがとうございます。
その後、こちらのサイトの流儀にも慣れ、順調な映画生活を過ごしています。
本年は、登録早々の時期にお声掛け頂き、ありがとうございます。
良いお年をお迎え下さい。来年も宜しくお願いします。
-以上-
はじめまして。PiPiさん。
みかずきと申します。
先週、こちらのサイトに登録したばかりの新参者の私への共感&フォローありがとうございます。これから、宜しくお願いします。
PiPiさんのレビューを拝読しましたが、
作品を多面的に捉えた緻密で映画愛に溢れた素晴らしいレビューだと思います。
ラストシーンが象徴的でしたが、
私は、本作を観て、以下のように感じました。
人は人との強い結び付きを求めて生きていく。時として、結び付きが絡み合い大きく乱れることがある。それでもなお、人は強い結び付きを求め続ける。
では、また共感作で交流させて下さい。
-以上-
PiPiさん、はじめまして☆彡
拙いレビューに共感、&フォローを
ありがとうございました。
某映画レビューサイトから
「映画.com」に移って参りました。
まだ、慣れていなくて
わからない事も多いですが
どうぞ、宜しくお願い致します。
「ウエスト・サイド・ストーリー」
スピルバーグ監督の作品への思いが
よく伝わってきました。
>音楽も、かつてバーンスタインが率いた
ニューヨークフィルだが、ドゥダメルが引き出す
バックビートが柱となり、
ジェッツはビー・バップに、シャークスは
カリビアンミュージックになっている。
PiPiさんの ステキなレビューで
新しい発見もできて嬉しいです。
「美味しんぼ」なご意見も
面白かったです(´▽`)
>トニーもベルナルドもリフも死なない、
幸せバージョン・・私も観たいです。
コメントありがとうございました。
私が説明的に感じるのも、オリジナルがあるからなんですよね。
これが初見だったら、わかりやすく丁寧な作品だと思ったはずです。
スピルバーグ版ウエストサイドが初めて、という人が、ちょっとうらやましいような気がします。
「例のポーズ」ですね…私はアレをやるのかと思ったのですが、ここは変えてきましたね。
ロバート・ワイズはダンスを仰角で撮りたくて道のど真ん中に穴を掘ってカメラを据えたとか。基本的には引きの画で振り付けを分かりやすく見せようとしながら、映画ならではのアングルに凝っていました。
比べてスピルバーグは、ダンサーたちに思いきって近づいて映画ならではの臨場感を見せてくれたと思います。
アニタが襲われたシーンは凄く印象に残りました。グラツィエラ(?金髪の彼女ですよね)が必死で、店の外に放り出された後もずっと泣いていて。
素敵なレビューをありがとうございます。
コメントありがとうございます。
料理の例え、面白いですね。思わず唸っちゃいました。
カメラワークに美術、名曲にダンス、ストーリーにテーマ…本当にどれも素晴らしく、劇場で観てこそですよね。
さすがスピルバーグ! これこそ映画! ザッツ・エンターテイメント!
たっぷり堪能させて頂きました(^^)
pipiさんへ
コメント有難うございました!ダンスパーティーのシーンがフィルム撮りとか凄いです。トニーとマリアの姿が透き通る様な錯覚は、ものすごい光量に対してF値を変化させながら撮ったと言う事か!愛すべきアナログですねw
Americaのダンスですが、全員がヒラヒラスカートじゃ無くって、パンツ姿が2~3名混じってるんですよ。シンクロして見えなくなるのに、敢えて。不揃いで逞しくて躍動感があって、最高でした。次はIMAXで見ますw
ぷにゃぷにゃさん
コメントありがとうございます〜♪
「映画を創る」という事の本質に気付かせて貰った本作でした〜。
キャスト1人1人の掘り下げと適任者の発掘が凄いです〜。
スピルバーグの凄さを改めて実感しました〜。
pipi様コメントありがとうございます。そうですかお母さまはみねこでしたか。朝ドラの話しを受けて頂き多謝です。
それにしても良いレビュー。量も質も。
私は馬鹿でごめんなさい。
度々。
職場での揶揄は、私の場合は愛されて故のモノですから。(自分で言うかなあ・・)。今は開催出来ませんが、NOBU(ホントは実名の綽名)会を頻繁に開催していましたよ。(会員は限定。私は会長。他は理事長と呼ばれる女性陣+αの男性陣)
もうそろそろ読書タイムです。
pipiさんが、映画館に行けるようになって本当に良かったなあと思っていますよ。
”触れなば落ちん”もしくは”触れれば切らん!”の読み応え抜群のレビューをお待ちしてますよ。では。お休みなさい。
再び今晩は。
コメントが短い理由は、端的に言うと、pipiさんのレビューの深さと、私のレビューの浅さに愕然としたからです。
御承知だとは思いますが、私は相当な負けず嫌いでして・・。会社でも天上天下唯我独尊男と揶揄されるくらいでして。(私は、謙虚に振舞っている積りなのですが、言動に出てしまうみたいです。)
で、今作のpipiさんのレビュー。ホント、参りました。ジェラシイヨオ・・。
”振り付けは、ジャスティン・ベックのオリジナルだが、ジェローム・ロビンスを彷彿とさせる動きが頻繁に入るので違和感なく観ていられる。”
こんなレビューは私には、とても書けません。そもそも知識が無い。法律やロックであれば、ソコソコ書けますが・・。
あー、もっと勉強が必要だ。絶対的に知的好奇心への情熱と知識が足りない・・、Byエレファントカシマシ。
御身体、ご自愛下さいね。では、又。
pipiさん
コメントへの返信有難うございます。
楽曲が素敵過ぎて、今日オリジナル・サウンドトラックを購入しました ☺️
pipiさん、相当お詳しいですね ✨ レビュー超えていませんか?
pipiさんの加筆レビュー、楽しみにしています (^^)
pipiさん
細部迄鋭い目線で観ていらっしゃいますね。
観客にどう観せるか、映像の切り取り方がやはり巧いですよね。
アニータを中心にした「アメリカ」のダイナミックでパワフルなダンスシーン、圧巻でしたね ✨ 何より楽曲が素晴らしい!!
素晴らしいレビューありがとうございます!
アニタについては俺も結構書いたので、その他の部分が非常に参考になりました。なんせ女の子の名前もわからなかった俺・・・
ついでに漫画好きの少年の名前も!
この練り込まれた脚本のノベライズ本が欲しいくらいです。
イイねありがとうございました😊😭。コメントが精緻で素晴らしい。3000円近くの「パンフレットのような本」と違い、簡潔にして的確ですね。勉強になりました。ただ、パンフレット購入は失敗しました。貴方様のような方が購入するにふさわしい豪華版でした。(私のような初心者凡人には読んでもムリでした。「豚に真珠」でした。)くだらない文書ですみません。失礼します🙇♂️🙇♂️🙇♂️。