「ロックンロールの未来を見た、その名もブルース・スプリングスティーン!」カセットテープ・ダイアリーズ kkmxさんの映画レビュー(感想・評価)
ロックンロールの未来を見た、その名もブルース・スプリングスティーン!
ボスことブルース・スプリングスティーンの楽曲がモチーフとなった作品とのことで鑑賞。
ボスの歌詞やアティテュードから伝わるボスの魂が本作の主人公を変容させ成長させていくストーリーと、ボスの歌に鼓舞されて前に進んできた自分がめちゃくちゃ重なり、ヤバいくらい感動しました。あまり2度観しないのですが、本作は速攻で再鑑賞しましたね!
とはいえ、正直、感じのいい佳作レベルの作品なので、2度目の鑑賞はそこそこ。1回目はあれだけ感動したのに、自分の意外なほどのシビアな審美眼にちょっとビビりました。
舞台は80年代後半のイギリスの田舎町。パキスタン移民の2世である高校生ジャベドは貧乏な家庭で育ち、強権的な父親や近所のネオナチたちにビクビク怯えながら非モテ人生をしょんぼり生きています。友だちのバンドの歌詞を書いたり詩を書いたりと文藝には強いのですが、自信はありません。
ある日、高校で同じインド系の同級生・ループスに声を掛けられます。ジャベドは彼の聴いている音楽について尋ねたところ、ループスは「ボスだ」と答えます。
ジャベド「ボスって誰?」
ループス「この腐った世界で真実を導く男さ」
ジャベド「マジで?」
ループス「(無言でボスの『ボーン・イン・ザ・USA』と4thのテープを渡す)、まあ聴け。絶対に俺に感謝するから」
こうしてジャベドはボスのテープを借りました。家に帰ると親父は失業し、将来の見通しは立たなくなり、家族がさらにギスギスするという現実が待っていました。失望し、自らしたためた詩を廃棄するジャベド…
すべてが嫌になったその夜、ジャベドはループスに借りたボスと呼ばれるアメリカ人のテープを聴きます。流れてきたのは『ダンシング・イン・ザ・ダーク』という曲でした。
Can’t start a fire, Can’t start a fire without spark...
火花がなければ火が点かない。まさにこれはジャベドの現実を歌ってました。これまで何かしたくても動けなかったジャベド。しかし、この夜、ついにジャベドは火花を見つけたのです!その名は、ブルース・スプリングスティーン!
ジャベドは覚醒し、自らの中に何か強烈な力が湧いてくる実感を得ます。これが天啓だ。この人は俺のことを歌っている!俺のことを解ってくれている!俺はこの世でひとりぼっちではない、俺はこの人のように、この世界を生きることができるかもしれない!
ジャベドは捨てた詩を拾いに行きます。ブルース・スプリングスティーンという希望を得たジャベドは、この夜に生まれ変わり、新しい人生を踏み出して行く…というストーリーです!
もうね、ジャベドがボスの『ダンシング・イン・ザ・ダーク』と『プロミスド・ランド』を聴いて生まれ変わるシーンが、最高中の最高!ホントに最高だった!
スプリングスティーンの音楽というか歌詞は、自分を負け犬と思い込んでいる連中に希望の光と勇気を与えるんですよね。空虚なポジティブとはまるで違う、闘いを挑む勇気こそが自分の人生を切り開くことをボスは高らかに歌い上げているからです。そこには、ボス自身が体験したであろう迷いと葛藤のリアリズムがあり、ボスの曲らそれを越えた人間だけが持つ説得力を有しているのです。だからこそ、未来を失いながらも、何とか前を向きたい人間にボスの歌は刺さるのです。
俺も28くらいの時、ボスの宇宙的大名曲『涙のサンダーロード』でジャベドとまったく同じ体験をしてるんです。俺の方がはるかに年寄りでしたが、内容はホントに同じだった。あの至高体験・神秘体験が曲は違えど同じボスの楽曲で、しかも映画の中で追体験できるなんて!ハンカチがぐしゃぐしゃになるくらい涙が出ましたよ。このシーンを観れただけで、俺は本作を観た意味があると確信してます。
ボスの福音で生まれ変わったジャベドは自分の人生に闘いを挑みます。生きる勇気を得たジャベドは、ループスという親友を獲得し、ネオナチの威圧にも屈さなくなります。そして社会運動をしているイザベラという女の子とも仲良くなり、幼馴染みの父親(この人もボスファン!)が経営している古着屋でバイトを始めます。論文で頭角も現し、大学進学も現実的になっていきます。
とはいえ、父親との関係は難しく、ジャベドを悩ませます。本作の核は、自分を生きる勇気を得たジャベドが父親と対決し乗り越えていく物語だと感じました。高校ではいろんなことをスムーズにクリアしていくジャベドですが、父親はラスボス的な強さがあり、かなり手こずりました。
そして、本作の素晴らしい点は、単に自立して父親の制空権から逃れる以上のサイコマジック的な展開が待っていたことです。この父と子の描き方はホドロフスキー師匠の『エンドレス・ポエトリー』に匹敵する、感謝や赦しを感じさせるものでした。これはボスの『No one wins until everybody wins』の精神が反映されていると思います。ボスの魂が、イギリスのパキスタン移民の親子にサイコマジック・ボムをもたらしたのだと感じました。
さらに、プチ・ミュージカルシーンが2ヶ所あり、それがとても魅力的でした。もちろん楽曲はボスで、しかも俺が世界で最も愛する曲『涙のサンダーロード』と、おそらく世界のボスファンたちに最も愛されている曲『ボーン・トゥ・ラン』だからたまらない!
『涙のサンダーロード』は、本来アイデンティティを確立するための第一歩を踏み出す前夜を描いた曲ですが、本作では恋の悦びを表現していました。友人の父である古着屋の親父もジャベドと一緒に歌っていてアツかった。だけど途中でライブ音源のスローバージョンになるのはいただけない。ボスは『涙のサンダーロード』をよくスローテンポにして歌いますが、あれあんまり良くないんだよな〜高揚感が削がれるので。『ボーン・トゥ・ラン』はフルコーラス行きました!めちゃくちゃ多幸感に満ちたシーンでした。
できれば本作、ミュージカル化してもらいたい!さすれば、ボスの人気が浸透していない我が国でも、新しいファン層を獲得できそうです。城田優あたりに主演してもらってね!
一方、映画としてはやや平凡です。前述したようにジャベドは父と子の問題以外をあまりにもスムーズにクリアしていくので、正直その辺はイマイチでした。壁があってもボスの音楽に励まされてジャベドはパッと超えていきますからね。
あと、ジャベドはものすごく恵まれている。自身の中に文学の才能という大きな資源を持ってますし、理解者はループスやイザベラだけでなく、論文の先生や妹、近所の退役軍人のおじいちゃんまでジャベドを理解し、応援してくれています。これにボスという守神がつけば、大体のことは乗り越えられますね。彼女も聡明な上に可愛いし。
なので、ボスが絡まない作品ならば、本作の評価は⭐️-0.5くらいになったと思います。ボスを知らない人が観れば、音楽がいい感じの普通の青春映画と感じるでしょうね。